のさやりに成らなくば鮭にも人は如かずといはむ
藁燒けば空のまなかに立つ烟の成りも成らぬにけぬといふものか
秋雨の垣根の紫苑うちしなひ心がゝらに我慰まず
さび/\に心おもへばいちはやく辛夷の黄葉散りそめにけり
我が庭の芙蓉の莢のさや/\に心落ち居むは何時の日にかも
此日ごろ秋の落葉の散る庭は掃けばさやけし心はあらず
食稻《けしね》つく臼の底ひに打つ藁のなよ/\しもよこゝろともなく
秋茄子の幹《から》にも似るかこしかたは久々にして絶ゆらくは今
秋風は心いたしもうらさびし櫟がうれに騷がしく吹く
我が心水つく稻の穗も出でずしどろになりて秋ゆかんとす
濃霧の歌
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明治四十一年九月十一日上州松井田の宿より村閭の間を求めて榛名山を越ゆ、湖畔を傳ひて所謂榛原の平を過ぐるにたまたま濃霧の來り襲ふに逢ひければ乃ち此の歌を作る
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群山の尾ぬれに秀でし相馬嶺ゆいづ湧き出でし天つ霧かも
ゆゝしくも見ゆる霧かも倒に相馬が嶽ゆ搖りおろし來ぬ
はろ/″\に匂へる秋の草原を浪の偃ふ如霧逼り來も
久方の天つ狹霧を吐き落す相馬が嶽は恐ろしく見ゆ
おもしろき天つ霧かも束の間に山の尾ぬれを大和田にせり
秋草のにほへる野邊をみなそこと天つ狹霧はおり沈めたり
榛原は天つ狹霧の奥を深み和田つみそこに我はかづけり
うべしこそ海とも海と湛へ來る天つ霧には今日逢ひにけり
うつそみを掩ひしづもる霧の中に何の鳥ぞも聲立てゝ鳴く
しましくも狹霧なる間は遠長き世にある如く思ほゆるかも
ひさかたの天の沈霧《しづきり》おりしかば心も疎し遠ぞける如
常に見る草といへども霧ながら目に入るものは皆珍しき
はり原の狹霧は雨にあらなくに衣はいたくぬれにけるかも
おぼゝしく掩へる霧の怪しかも我があたり邊は明かに見ゆ
相馬嶺は己《おのれ》吐きしかば天つ霧おり居へだゝりふたゝびも見ず
秋雜詠
葉※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]頭の八尺のあけの燃ゆる時庭の夕はいや大なり
久方の天を一樹に仰ぎ見る銀杏の實ぬらし秋雨ぞふる
秋雨のいたくしふれば水の上に玉うきみだり見つゝともしも
こほろぎのこもれる穴は雨ふらば落葉の戸もてとざせるらしき
鬼怒川は空をうつせば二ざまに秋の空見つゝ渡りけるかも
鬼怒川を夜ふけてわたす水棹の遠く聞えて秋たけにけり
稻刈りて淋しく晴るゝ秋の野に黄菊はあまた眼をひらきたり
鵯のひゞく樹の間ゆ横さまに見れども青き秋の空よろし
底本:「長塚節名作選 三」春陽堂書店
1987(昭和62)年8月20日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※「巻」と「卷」、「没」と「沒」、「殼」と「殻」の混在は底本通りにしました。
入力:町野修三
校正:浜野智
1999年5月19日公開
2009年8月20日修正
青空文庫作成ファイル:
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