』
かくいひてとりおとせる
肋骨を拾ひ揚げながら、
『波打際に浮き寄りしは、
想ふに土中に葬られむ、
我等はすなはち海の底に
白骨となりぬ。然れども
我が安心を人は知らず。
骸骨は命死なず。
骸骨は飢うることなく、
睡眠を欲せず。病を知らず。
未來永劫にかくの如く、
敵の迫害にあふこともなし。
樂しからずや骸骨は。』
いひさして骸骨はまた
『いづこより來しぞ、語れ、君、
昨夜よりの騷擾を、
はや語れ。』と搖り動すに、
死屍は口を開かむとすれば、
海水忽ち入り塞ぎて、
苦しげなるを、骸骨は
『陸上に在りしと海中とは、
すべて自ら異れり、
さればしづかに物いふべし。
只骸骨は自在なり。
骸骨の構造は海にありて、
すべての運動に適したり。』
死屍はすなはち徐ろに、
『我は[#「『我は」は底本では「我は」]露西亞の水兵なり。
昨夜旅順の港外にて、
恢復の見込なきまでに
我が軍艦は撃ち破られ、
我等も見るが如くなりぬ。
談話の苦しきこと限りなし、
その他はすべて想像せられよ。』
やうやくこれをいひ畢れば、
『状況はほゞ知悉せり。
されど露西亞は強國なるに
脆からずや。』と訝り問へば、
『我等が國
前へ
次へ
全83ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング