せむと、遽しく
手の骨を探すもの、
脚の骨を探すもの、
頭蓋骨を奪ひあふもの、
混亂の状を呈せし後、
ゆるやかに動搖する水のまにま、
ふら/\として立ちあがり、
物待ちげのさまなり。
偵察に出でし骸骨は、
昆布の根をば力草に、
骨と骨との離るゝまで
ゆき戻りきつ怪しきものゝ
落ち來りたるを報告せり。
導かるゝ儘に骸骨は、
ふら/\として隨ひ行けば、
そこにあらたしき死屍ありて、
顔もわかぬまで焦げ煤けし、
肉破れ骨のあらはなる、
腥きばかりならびたり
骸骨は、うち寄りて肩を抑へつゝ
『白杳なる容貌に、棕櫚の毛を
植ゑしが如き鬚もてる
君はいづこよ來りしぞ。
この騷擾に關係あらむ、
語れ。』と促しかけたれど、
應へもなきをもどかしげに、
『さらば我まづ語らむ。』と
言ひ放ちて、顎の骨の
歪みたるをおし直し、
『我等はもと旅順にありて、
只管天險の比なきを恃み、
黄海の水あせぬとも
この戌陷るべからずと
心竊に驕りしに、
料らず背面の攻撃にあひ、
遁ぐべき路を失ひて
悉く海に溺れ果てぬ。
そをいまの事に思ひしに、
はや十年の月日は經ぬ。
まこと海底にすまひすれば、
寒暑はさらに辨へざりき。
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