立てば、
家のうち人もなし。
母は今外に在り。
父共に外にあり。
芋植うる曩の日行きて、
芋植ゑて既に久し。
三人なる家族《やから》なれば、
唯一人我は殘れり。
掛梯子昇り行き、
藁の巣に卵うみて、
牝※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]《めんどり》の騷ぐ時、
寂しさは纔に破る。
つれ/″\と永き晝、
遠蛙ほのかなり。
濕りたる庭のうち、
はらゝかに辛夷散り、
手桶なる茹菜の中に、
菜の花の匂へる見れば、
世の中は春たけぬらし。
我は只一人居り。
つゝみある身をいたはりて、
我が母は外に在り。
すこやかに今なりて、
歸らむと思へば嬉し。
口髭は常剃りしかど、
剃らざれば延びにけり。

     二
垣隣人をよびて、
口髭を剃らしむれば、
松葉もてつゝくが如し。
芥子坊主剃り殘されて、
只泣きに泣きし此の方、
斯くばかり疼きことなし。
こそばゆき顎をさすり、
春日さす縁に立てば、
ぱら/\とジヨン馳せ來つ。
午餐する茶を沸すと、
草取りに畑へ行きし、
下婢は今かへり來らし。
縁側に足を掛け、
我を見るはしき犬、
煎餅をもて行けば、
前足を胸に屈め、
後足に立ちながら、
ワンといへば
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