ば、裁て着すべき、鬼怒川の待宵草、庭ならば垣がもと、雜草《あらくさ》も交へずあらんを、淺川や礫がなかに、葉も花も見るに淋しゑ、眞少女よ笑みかたまけて、虚心たぬしくあらめと、母なしに汝が淋しゑ、見る心から。
[#ここから6字下げ]
麥踏む農婦を見て詠める歌
[#ここで字下げ終わり]
箒もて打たば捉るべき、蜻※[#「虫+廷」、第4水準2−87−52]なす數なきものに、己さへ思ひてある、貧しきは暇をなみ、冬墾りと麥のうね/\、鍬もて背子が打てば、をみな子の乳子を抱かひ、家に置かば守る人なみ、笠牀と卯つぎがしたに、獨り置かば凍えすべなみ、暖き肌に背負ひて、七たびも踏むべき麥と、腿立ちの蹈みの搖すりに、こゝろよく乳子は眠りぬ、往還り實《まめ》にし蹈めば、薄衣まとへどぬくゝ、粟も稗も餓ゑばうまけむ、あきつなす數なきものに、自らも思ひてあれば、世をうけく思はずあらめと、人の身を吾はいたみぬ、見るたびことに。
亂礁飛沫
[#ここから6字下げ]
一月十七日、常陸國鹿島郡の南端なる波崎といふ所の漁人の家に到りぬ、地は銚子港と相對して利根の河口を扼す。止まること數日、たま/\天曇りて海氣濛々
前へ
次へ
全83ページ中61ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング