やらむ
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十九日、歸郷の途次辻村にて
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木欒樹《むくろじ》の花散る蔭に引き据ゑし馬が打ち振る汗の鬣
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余が起臥する一室の檐に合歡の木が一株ある、花の美しいのは蕋である、ちゞれ毛のやうなのが三時頃には餘つ程延び出して葉の眠る頃にはさき切る、それ故賑かなのは夕暮である、
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蚊帳越しにあさ/\うれし一枝は廂のしたにそよぐ合歡の木
柔かく茂り撓める合歡の木の枝に止りて羽を干す燕
水掛けて青草燻ゆる蚊やり火のいぶせきさまに萎む合歡の葉
赤糸の染分け房を髻華《うず》に※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]す合歡の少女は常少女かも
爽かに青帷子の袂ゆる合歡の處女の蔭の涼しさ
合歡の木は夕粧ひの向かしきに何を面なみしをれて見ゆらむ
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戯れに禿頭の人におくる
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つや/\に少なき頭泣かむより糊つけ植ゑよ唐黍の毛を
おもしろの髪は唐黍《たうきび》白髪の老い行く時に黒しといふもの
唐黍の糊つけ髪に夕立の倚る樹もなくば翳せ肱笠
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七月廿五日、昨日より「フツカケ」といふ雨來る、降りては倏ちに晴れ、晴れては復た降りきたる
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暑き日の降り掛け雨は南瓜の花にたまりてこぼれざる程
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八月八日、立秋
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南瓜の茂りがなかに抜きいでし莠《はぐさ》そよぎて秋立ちぬらし
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九日、夜はじめて※[#「虫+車」、第3水準1−91−55]をきく
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垣に積む莠がなかのこほろぎは粟畑よりか引きても來つらむ
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十日、用ありていづ
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目をつけて草に棄てたる芋の葉の埃しめりて露おける朝
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假裝行列に加はりて予は小原女に扮す、小原女に代りて歌を作る
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白河の藁屋さびしき菜の花を我が手と伐りし花束ぞこれ
菜の花に明け行く空の比枝山は見るにすがしも其山かづら
白河のながれに浸でし花束を箕に盛り居ればつぐみ鳴くなり
おもしろの春の小雨や花箕笠花はぬるれど我はぬれぬに
あさごとに戸の邊に立ちて喚ぶ人を花賣われは女し思ほゆ
浄土寺の松の花さびさびたれど石切る村の白河われは
雜詠
朝靄の多賀の城あとの丘の上の初穗のすゝき雨はれむとす(多賀城趾)
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明治四十年
蕨君病むと聞きて
睦岡の杉の茂山しげけれど冬にし病めば淋しくあるらし
冬の日の障子あかるくさゝむ時|蒿雀《あをじ》も來鳴けなぐさもるべし
君が庭の庭木に植ゑしよそゞめのいやいつくしき丹の頬はや見む
命あれば齢はながし網《あみ》繩の長き命をな憂ひ吾が背
左千夫に寄す
蒼雲を天のほがらに戴きて大き歌よまば生ける驗《しるし》あり
大丈夫のおもひあがれる心ひらき※[#「鈞のつくり」、第3水準1−14−75]はす花は空も掩む
春の野にもえづる草を白銀の雨を降らして濕ほすは誰ぞ
大丈夫は眠れる隙にあらなくに凝り滯る心は持たず
春の光到らぬ闇に住みなばかくゞもる心蓋し持つべし
大空は高く遙けく限りなくおほろかにして人に知れずけり
雲雀の歌
春の野に群るゝ神の子、
黄金の毛を束ねたる、
小さなる箒もて、
手に/\立ち掃きしかば、
緑しく麥の畑に、
黄金の菜種の花は、
眞四角に浮きてさき出ぬ。
白玉のつどひの如き、
神の子は戯れせむと、
其花の筵の上を、
ふは/\と飛びめぐれば、
柔かく濕れる土に、
ほろ/\と止まず花散る。
其時に神の子一人、
硝子《びいどろ》の管をつけたる、
白銀の長き瓶より、
噴き出づる瓦斯を滿たしめ、
風船玉空に放てば、
そを追ふと神の子數多、
碧なる空のなからに、
其玉を捉へ打ち乘り
あちこちと浮きめぐりつゝ、
括りたる白糸解きて、
其玉の縮まる時に、
ふは/\とおりもて來ると、
風船玉やまず放てば、
飛びあがり/\つゝ、
餘念なく戯れ遊ぶ、
斯る時神の子一人、
蟲あさる雲雀みいでゝ、
こそばゆき麥の莖に、
掻きさぐり一つ捉り來て、
小さなる嘴をあけ、
白銀の瓶の瓦斯を、
其腹に滿て膨らまし、
すら/\と空にあがりて、
小さなる其嘴より、
少しづゝ吐かしむる時に、
囀りの喉の響は、
針の如つきとほし來ぬ。
菜の花の筵に立ちて、
めづらしむ神の子なべて、
おのがじゝ雲雀とると、
追ひめぐり羽打ち振れば、
麥の穗に白波立ちて、
さきへ/\波は移りぬ。
かくしつゝ神の子どもは、
悉くまひのぼれば、
うらゝかに懶き空
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