、小兔のいへりしかば、憤り猿跳り來、爪立てにつかみかゝれば、枝攀づる業は知らざる、愚かしき兔が伴もは、眞白毛や雪深谷にまがひけるかも。
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幼少の折に聞きけることを思ひ出でゝ作れる歌
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※[#「鹿/(鹿+鹿)」、第3水準1−94−76]朶の、あら垣や、外に立つ、すぐなる柿の木、植竹の、梢ゆれども、さやらぬや、垂れたる枝、梯もてど、届かぬ枝、其枝に、鹿吊りて、剥ぎたりと、老ぞいふ、其老が、皮はぎし、總角に、ありし時、抱かえし、肩白髪、櫓掛け、猪も打ちきと、いへりきと、老ぞいふ、すぐなる、澁柿の木、澁柿は、つねになれど、小林は、陸穗つくると、蕎麥まけど、荒もせず、あら垣や、※[#「鹿/(鹿+鹿)」、第3水準1−94−76]朶がもと、たまたまも、鼬過ぐと、紅の、芥子散りぬ、箒草こぼれがなかへ、はらはらと、芥子散りぬ
即景
鬼怒川の堤の茨さくなべにかけりついばみ川雀啼く
鬼怒川のかはらの雀かはすゞめ桑刈るうへに來飛びしき啼く
六月短歌會
雨過ぎば青葉がうれゆ湖に雫するらむ二荒山の上
ゆゝしきや火口の跡をいめぐりて青葉深しちふ岩《いは》白根山
藤棚はふぢの青葉のしげきより蚊の潛むらむいたき藪蚊ら
梧桐の葉を打ち搖りて降る雨にそよろはひ渡る青蛙一つ
葦村はいまだ繁らず榛の木の青葉がくれに葭|剖《きり》の鳴く
青草集
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六月廿八日常陸國平潟の港に到る、廿九日近傍の岡を歩く、畑がある、麥を燒いて居る、束へ火をつけるとめろ/\消えて穗先がぼろ/\落ちる、青い烟が所々に騰る、これは收納がはやいからするのだ相である、
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殻竿《からさを》にとゞと打つべき麥の穗を此の畑人は火に燒きてとる
長濱の搗布《かちめ》燒く女は五月雨の雨間の岡に麥の穗を燒く
穗をやきてさながら捨つる麥束に茨が花も青草も燒けぬ
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七月五日岩城の平の町赤井嶽に登る山上の寺へとまる、六日下山
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赤井嶽とざせる雲の深谷に相呼ぶらしき山鳥の聲
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七日、平の町より平潟の港へかへる途上磐城關田の濱を過ぎて
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こませ曳く船が帆掛けて浮く浦のいくりに立つは何を釣る人
汐干潟磯のいくりに釣る人は波打ち來れば足揚《あげ》て避けつゝ
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平潟港即事
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松魚船入江につどひ檣に網《あみ》建て干せり帆を張るが如し
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九日午後になりて雨漸く收る、平潟に來てはじめて晴天なり
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天水のよりあひの外に雲收り拭へる海を來る松魚船
白帆干す入江の磯に松魚船いま漕ぎかへる水夫の呼び聲
きららかに磯の松魚の入日さしかゞやくなべに人立ち騷ぐ
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十日、干潟日和山
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群※[#「亞+鳥」、第4水準2−94−23]夕棲み枯らす松の上に白雲棚引く濱の高岡
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同關田の濱
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こゝにして青草の岡に隱ろひし夕日はてれり沖の白帆に
波越せば巖に糸掛けて落つる水落ちもあへなくに復た越ゆる波
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十一日、此日も關田の濱へ行く
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松蔭に休らひ見れば暑き日は浪の膨れのうれにきらめく
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此日平潟より南へわたる長濱といふ所の斷崖の上に立ちて
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蟠る松の隙より見おろせば搖りよる波はなべて白泡
枝交はす松が眞下は白波の泡噛む巖に釣る短人
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十二日、日立村へ行く、田越しに助川の濱の老松が見える
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松越えて濱の烏の來てあさる青田の畦に萱草赤し
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十三日、朝來微雨、衣ひきかゝげて出づ、平潟より洞門をくゞれば直ちに關田の濱なり
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日は見えてそぼふる雨に霧る濱の草に折り行く月見草の花
雀等よ何を求むと鹽濱のしほ漉す※[#「鹿/(鹿+鹿)」、第3水準1−94−76]朶の棚に啼くらむ
松蔭の沙にさきつゞくみやこ草にほひさやけきほの明り雨
松蔭は熊手の趾もこぼれ葉も皆うすじめりみやこ草さく
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十四日、磯原の濱を行く
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青田行く水はながれて磯原の濱晝顔の磯に消入りぬ
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平潟の入江の松魚船が幾十艘となく泊つて居るので陸へのぼつた水夫共が代るがはる船に向つて怒鳴る、深更になつてもやまぬ
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からす等よ田螺のふたに懲りなくば蟹のはさみに嘴斷ちて
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