草《はゝこ》の花はなつかしみ見つ
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三日、汐見途上
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濱苦菜ひたさく磯を過ぎ來ればかち布刈り積み藁きせて置く
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四日、那古の濱より汽船に乘る、知り人の子等四人甲斐甲斐しく渚まで見送りす、一人は人に負はれ、一人はまだ學齢に滿たざれど歩みて來る、此の子畫を描くを好みて常に左の手のみを用ふ、心うれしきまゝに後に母なる人のもとへよみておくりし歌のうち二首
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青梅と雀と描きし左手に書持つらむか復た逢ふ時は
負はれ來し那古《なご》の砂濱ひとり來て濱鼓子花《はまひるがほ》を摘まむ日や何時
炭燒くひま
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春の末より夏のはじめにかけて炭竈のほとりに在りてよめる歌十三首のうち
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積みあげし眞木に着せたる萱菰に撓みてとゞく椶櫚の樹の花
炭がまを焚きつけ居れば赤き芽の柘榴のうれに没日さし來も
芋植うと人の出で去れば獨り居て炭燒く我に松雀《まつめ》しき鳴く
炭竈の灰|篩《ふる》ひ居れば竹やぶに花ほの白しなるこ百合ならむ
槲木《かしはぎ》のふさに垂りさく花散りて世の炭がまは燒かぬ此頃
炭がまを夜見にゆけば垣の外に迫るがごとく蛙きこえ來
炭がまを這ひ出てひとり水のめば手桶の水に樫の花浮けり
廐戸にかた枝さし掩ふ枇杷の木の實のつばらかに目につく日頃
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少弟整四郎四月二十九日を以て征途に上る曰く、自ら訓練せる小隊を率ゐるなりと、予妹二人を伴ひて下野小山の驛に會す、彼等三人相逢はざること既に數年、言なくして唯怡然たり、短歌五首を作りて之を送る
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大君の御楯仕ふる丈夫は限り知らねど汝をおもふ我は
我が庭の植木のかへで若楓歸りかへらず待ちつゝ居らむ
淺緑染めし樹群にあさ日さしうらぐはしもよ我がますら男は
竹棚に花さく梨の潔くいひてしことは母に申さむ
おぼろかに務めおもふな麥の穗の秀でも秀でずも問ふ所に非ず
雜詠八首のうち
篠の葉のしげれるなべに樒さき淋しき庭のうぐひすの聲
新墾の小松がなかに作りたる三うね四うねの豌豆の花
青葱の花さく畑の桃一樹しげりもあへず毛虫皆喰ひ
桑の木の茂れるなかにさきいでゝ仄かに見ゆる豌豆の花
行々子の歌
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六月なかば左千夫氏の來状近く山百合氏の來るをいふ、且つ添へていふ、庭前の槐に行々子頻りに鳴くと、兩友閑談の状目に賭るの思あり、乃ち懷をのべて左千夫氏に寄す
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垣の外ははちす田近み慕ひ來て槐の枝に鳴くかよしきり
あしむらに棲める葭剖いかさまに槐の枝に止まりて鳴くらむ
竪川の君棲む庭は狹けれど葭剖鳴かば足らずしもあらじ
五月雨のけならべ降るに庭の木によしきり鳴かば人待つらむか
栗の木の花さく山の雨雲を分けくる人に鳴くかよしきり
みすゞ刈る科野の諏訪は湖に葭剖鳴かむ庭には鳴かじ
稀人を心に我は思へども行きても逢はず葭剖も聞かず
我が庭の杉苔がうへを立ち掃くとそこなる庭の槐をぞおもふ
諏訪の短歌會 第一會
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九月五日、地藏寺に集る、同人總べて五、後庭密樹の間には清水灑々として石上に落ち、立つて扉を押せば諏訪の湖近く横りて明鏡の如し、此清光を恣にして敢て人員の乏しきを憂へず、題は秋の田、蜻蛉、殘暑、朝草刈
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秋の田のかくめる湖の眞上には鱗なす雲ながく棚引く
武藏野の秋田は濶し椋鳥の筑波嶺さして空に消につゝ(道灌山遠望)
※[#「頭のへん+工」、第4水準2−88−92]豆《さゝげ》干す庭の筵に森の木のかげる夕に飛ぶ赤蜻蛉
水泡よる汀に赤き蓼の穗に去りて又來るおはぐろ蜻蛉
秋の日は水引草の穗に立ちて既に長けど暑き此頃
科野路は蕎麥さく山を辿りきて諏訪の湖邊に暑し此日は
秣刈り霧深山をかへり來て垣根にうれし月見草の花
同第二會
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七日、布半の樓上に開く、會するもの更に一人を減ず、題は秋の山、霧、灯、秋の菓物
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杉深き溪を出で行けば草山の羊齒の黄葉に晴れ渡る空
鹽谷のや馬飼ふ山の草山ゆ那須野の霧に日のあたる見ゆ(下野鹽原の奥)
山梨の市の瀬村は灯ともさず榾火がもとに夜の業すも(多摩川水源地)
瓜畑に夜を守るともし風さやり桐の葉とりて包むともし灯
黄葉して日に/\散ればなり垂れし庭の梨の木枝の淋しも
二荒山いまだ明けねば關本の圃なる梨は露ながらとる
羇旅雜咏
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八月十八日、鬼怒川を下りて利根川に出づ、濁流滔々たり、舟運河に入る、
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利根川や漲る水に
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