此頃の朝掃く庭に花に咲く八つ手の苞落ちにけるかも

朝きらふ霞が浦のわかさぎはいまか肥ゆらむ秋かたまけて

鮭網を引き干す利根の川岸にさける紅蓼葉は紅葉せり

秋の田の晩稻刈るべくなりしかば狼把草《たうこぎ》の花過ぎにけるかも

多摩川の紅葉を見つゝ行きしかば市の瀬村は散りて久しも

麥まくと畑打つ人の曳きこじてたばにつかねし茄子《なすび》古幹《ふるから》

    秋冬雜咏

秋の野に豆曳くあとにひきのこる莠《はぐさ》がなかのこほろぎの聲

稻幹《いながら》につかねて掛けし胡麻のから打つべくなりぬ茶の木さく頃

秋雨の庭は淋しも樫の實の落ちて泡だつそのにはたづみ

こほろぎのこゝろ鳴くなべ淺茅生の※[#「くさかんむり/(楫のつくり+戈)」、第3水準1−91−28]《どくだみ》の葉はもみぢしにけり

桐の木の枝伐りしかばその枝に折り敷かれたる白菊の花

あさな/\來鳴く小雀は松の子《み》をはむとにかあらし松葉たちくゝ

掛けなめし稻のつかねを取り去れば藁のみだれに淋し茶の木は

芋の葉の霜にしをれしかたへにはさきてともしき黄菊一うね

濁活の葉は秋の霜ふり落ちしかば目白は來れど枝のさびしも

むさし野の大根の青葉まさやかに秩父秋山みえのよろしも

はら/\に黄葉散りしき眞北むく公孫樹の梢あらはれにけり

秋の田に水はたまれり然れども稻刈る跡に杉菜生ひたり

此日ごろ庭も掃かねば杉の葉に散りかさなれる山茶花の花

鴨跖草のすがれの芝に晴るゝ日の空のさやけく山も眞近し

もちの木のしげきがもとに植ゑなべていまだ苗なる山茶花の花

葉鷄頭は種にとるべくさびたれど猶しうつくし秋かたまけて

さびしらに枝のこと/″\葉は落ちし李がしたの石蕗《つはぶき》の花

秋の日の蕎麥を刈る日の暖に蛙が鳴きてまたなき止みぬ

篠のめに萵雀《あをじ》が鳴けば罠かけて籾まき待ちし昔おもほゆ

鵲豆《ふじまめ》は庭の垣根に花にさき莢になりつゝ秋行かむとす

うらさぶる櫟にそゝぐ秋雨に枯れ/″\立てる女郎花あはれ

麥をまく日和よろしみ野を行けば秋の雲雀のたま/\になく

いろづける眞萩が下葉こぼれつゝ淋しき庭の白芙蓉の花

庭にある芙蓉の枝にむすびたる莢皆裂けて秋の霜ふりぬ

いちじろくいろ付く柚子の梢には藁投げかけぬ霜防ぐならし

辣薤《おほみら》のさびしき花に霜ふりてくれ行く秋のこほろぎの聲

鬼怒川の蓼かれ/″\のみぎはには枸杞の實赤く冬さりにけり

小春日の鍋の炭掻き洗ひ干す籬をめぐりてさく黄菊の花

朴の木の葉は皆落ちて蓄への梨の汗ふく冬は來にけり

    鬼怒川のほとりを行く

秋の空ほのかに燒くる黄昏に穗芒白し闇くしなれども

    變調三首

      一
狹田の、稻の穗、北にむき、みなみに向く、なにしかもむく、秋風のふく。(舊作)

      二
粘土を、臼に搗く、から臼に、とゞとつく。すり臼に、籾すると、すり臼を、造らむと、土をつく、とゞとつく。(舊作)

      三
黍の穗は、足で揉むで、筵に干す。胡麻のからは、藁につかねて、竿に干す。さぼすや、秋の日や、一しきり、二しきり、むくどりの、騷だち飛むで、傾くや、短き日や。

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明治三十年七月、予上毛草津の温泉に浴しき、地は四面めぐらすに重疊たる山嶽を以てし、風物の一も眼を慰むるに足るものあることなし。滞留洵に十一週日時に或は野花を探りて僅に無聊を銷するに過ぎず、その間一日淺間の山嶺に雲の峰の上騰するを見て始めて天地の壯大なるを感じたりき。いま乃ちこれを取りて短歌七首を作る。(十月五日作)
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芒野ゆふりさけ見れば淺間嶺に没日に燒けて雲たち出でぬ

とことはに燃ゆる火の山淺間山天の遙に立てる雲かも

楯なはる山の眞洞におもはぬに雲の八つ峰をけふ見つるかも

まなかひの狹國なれど怪しくも遙けきかもよ雲の八つ峰は

淺間嶺にたち騰る雲は天地に輝る日の宮の天の眞柱

淺間嶺は雲のたちしかば常の日は天に見しかど低山に見ゆ

眞柱と聳えし雲は燃ゆる火の蓋しか消ちし行方知らずも

    雲の峰

おしなべて豆は曳く野に雲の峰あなたにも立てばこなたにも見ゆ

雲の峰ほのかに立ちて騰波の湖の蓴菜の花に波もさやらず

    霜

綿の木のうね間にまきしそら豆の三葉四葉ひらき霜おきそめぬ

かぶら菜に霜を防ぐと掻きつめし栗の落葉はいがながら敷く

此日ごろ霜のいたけば雨のごと公孫樹の黄葉散りやまずけり

藁かけし籬がもとをあたゝかみ霜はふれども耳菜おひたり

あさ毎におく霜ふかみ杉の葉の落ちてたまれど掃かぬ此ごろ

冬の田の霜のふれゝば榛の木の蕾のうれに露垂れにけり

いつしかも水菜はのびて霜除に立てたる竹の葉は落ちにけり

鬼怒川の冬のつゝみ
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