打ち浸る楊吹きしなふ秋の風かも

おぼほしく水泡吹きよする秋風に岸の眞菰に浪越えむとす

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同廿三日、雨、房州に航す
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相模嶺は此日はみえず安房の門や鋸山に雲飛びわたる

秋雨のしげくし降れば安房の海たゆたふ浪にしぶき散るかも

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廿七日、房州那古の濱より鷹の島に遊ぶ
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鮑とる鷹の島曲をゆきしかば手折りて來たる濱木綿の花

潮滿つと波打つ磯の蕁麻《いらくさ》の茂きがなかにさける濱木綿

はまゆふは花のおもしろ夕されば折りもて來れど開く其花

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卅一日、甲斐の國に入る、幾十個の隧道を出入して鹽山附近の高原を行くに心境頓に豁然たるを覺ゆ
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甲斐の國は青田の吉國《よくに》桑の國|唐黍《もろこしきび》の穗につゞく國

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古屋氏のもとにやどる矚目二首
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梅の木の落葉の庭ゆ垣越しに巨摩《こま》の群嶺に雲騷ぐ見ゆ

こゝにして柿の梢にたゝなはる群山こめて秋の雲立つ

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九月一日、古屋志村兩氏と田圃の間を行く、低き山の近く見ゆるに頂まで皆畑なるは珍らし
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甲斐人の石臼たてゝ粉に碎く唐黍か此見ゆる山は

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三日、御嶽より松島村に下る途上
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稗の穗に淋しき谷をすぎくればおり居る雲の峰離れゆく

霧のごと雨ふりくればほのかなる谷の茂りに白き花何

鵯の朝鳴く山の栗の木の梢静に雲のさわたる

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韮崎
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走り穗の白き秋田をゆきすぎて釜なし川は見るに遙かなり

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甲斐に入りてより四日、雲つねに山の巓を去らず
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韮崎や釜なし川の遙々にいづこぞ不盡の雲深み見えず

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祖母石《うばや》より對岸を望む
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いたくたつは何焚く煙ぞ釜なしの楊がうへに遠く棚曳く

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臺が原に入る
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白妙にかはらはゝこのさきつゞく釜無川に日は暮れむとす

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四日、臺が原驛外
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小雀《こがらめ》の榎の木に騷ぐ朝
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