みければ喜びによみて送りし歌一首
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栗山や佛の寺の、小垣外に麥をまき、土かふや麥の穗の、いちじろくほにいでまくの、はしきかもその子、

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蕨眞が女の子を生みけるとおぼしくて左千夫が歌をよみけるを見てよみける歌一首
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いもの子が蠶室《こむろ》をたて、壁に塗る埴谷の山の、松がさ小がさ、はしきやし小松がうれに、なり/\てつらになるちふ、まつ笠小笠、

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冬十二月水戸に赴く、途に佛頂山を望みて作歌并反歌
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石工槌とりもちて、刻みける佛の山は、楯なはる山の穗の上に、いなだきの秀でたる山ぞ、その山の山もとにして、諸木々の木末しぬぎて、そゝり立つうちの矛杉、太枝の五百枝ひろごり、あたりには茅も生ひせず、しげりける樹にはありしを、まがつみのおすひしものか、なる神の轟くはしに、久方の天の火下り、たゞ裂きに太幹裂きて、その幹のうつろも燒けば、いつしかも枯れてはありけれ、天が下にいくらもあらじを、杣人の斧うちふりて、太綱かけ伐りきといへば、見まく欲り思ひて行くとも、再びもそこに見らめや、そこもへば佛の山を、枯山にいま我見つる、こゝだ淋しも、(明治三十四年作)

     反歌

とこしへに山は立てども生けるもの杉にしあれば枯れにけるかも

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再び佛頂山を望みて作歌一首
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石刻む佛の山は青菅のしげき茂峯《しげを》に雲たちわたる(明治三十五年六月作)

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靈藥之歌并短歌
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八十綱をもそろに懸けし、神代にかい引き寄せけむ、伊豆の海の沖邊はろかに、七つまでなみ居る嶋の、中つ邊に宜しみ立てる、にひ嶋に住みてある人の、痛付ける妹をあともひ、船泊つる下田の浦に、しく/\に打ち寄る浪の、おとに聞く藥師たづねて、京都邊に上りにしかど、すべなみと告らえにければ、いくばくも生けらぬ命、同じくは家に死なむと、うつせ貝空しき行きを、しづく玉おもひ沈みて、なげきのみありし間に、いさり火の仄にだにも、人言に聞きにけるかも、まがなしき妹がためには、しましくもためらひ居れやと、釣船に白帆は揚げて、たゞ渉り波路ちわきて、うむ麻の總の國邊の、樹隱りの我家に來り、藥えて歸りにしかば、しなへのみありける妹が、七日まで日はも經なくに、斧とりて分け入る山の、杉の木の皮剥ぐ如く、枕つく小衾去りて、忽ちに病は癒えぬ、かくのごとはやきしるしの、世の中にまたもあらめや、天の隈とほつ祖より、うつそみの人の命を、救へりしかずは知らえず、しか故に年のは毎に、かぶら菜はこゝだも作る、世の人おもひて、(明治三十四年作)

     短歌

人のすることにはあれどもこきだくに蕪作るも世の人のため

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余が家祕法を以て藥を製す、蕪菁を作りて之が料に充つ故に末節之に及ぶなり
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    まつがさ集(一)

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七月廿六日、左千夫君百穗君と共に雨を冒して筑波山に向ふ、越えて廿八日予之を予が家に招く、途に騰波の湖を渉り大木より下妻といふ所を過ぐるに鉢植のうつくしきをおきたる家あり、さし覗きて見れば針の師匠の住む家にて少女どもあまたならび居たれば戯れに作りたる歌一首
[#ここで字下げ終わり]

槻の木の大木の岡の、ひた岡に小豆をまき、小豆なす赤ら少女を、立ち返りよくも見なくに、けだしくも心あるごと、人見けらずや、

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予が家に盜人の入りたる穴をもとの如くふたがずありしを左千夫君の見とがめければよみける歌一首
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はしきやし騰波の淡海の、水くまりの穿江があすれば、葦邊にや穴をつくり、蟹こそそこにはひそめ、鯰こそそこにはひそめ、ひそめど手をさし入れて、掻き探りとるとふものを、盜人のきたち窺ひ、かくのごと壁はゑりしか、すむやけく去にけるもの故、とりがてにあたらしきかも、穴はもあれども、

[#ここから6字下げ]
二十九日、けふは歸らむといふ左千夫君をおくりて椚林の中をさかゐといふ所へ行く、ひた急ぐ程に左千夫君のおくれがちに喘ぐさまなれば、戯れてよめる歌
[#ここで字下げ終わり]

赤駒の沓掛過ぎて、楢の木の生子を行けば、萱村に鳴くやよしきり、よしきりの止まず口叩き、足惱むとひこずる君を、見るがわぶしさ、

[#ここから6字下げ]
左千夫君予より重きこと七八貫目、予が先立ちて行くごとにいつも我は七八貫目の荷を負ひたるが如し、君にはそれ程の荷を負はしめなばいくばくもえ行じと、左千夫君の旅行くとだにいへば日にいくたびとなくいひ戯るゝをきゝてよめる歌
[#ここで字下げ終わり]

赤駒の荷をときさけて、七秤八秤もちて、おひ持ちて我をい行けと、ひた走せに走せても行かむを、から臼なすふとしき君が、ほゝたぶら秤にかけ、しりたぶら秤にかけ、七はかり八はかりかけ、切りそけて我に負はしめ、負はしめもいざ、

    七月短歌會

那須の野の萱原過ぎてたどりゆく山の檜の木に蝉のなくかも

豆小豆しげる畑の桐の木に蜩なくもあした涼しみ

    露

あまの川棚引きわたる眞下には糸瓜の尻に露したゞるも

芋の葉ゆこぼれて落つる白露のころゝころゝに※[#「虫+車」、第3水準1−91−55]のなく

    青壺集

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わすれ草といふ草の根を正岡先生のもとへ贈るとてよみける歌并短歌
[#ここで字下げ終わり]

久方の雨のさみだれ、おぼゝしくいや日に降れば、常臥にやまひこやせる、君が身にいたもさやれか、つねには似てもあらずと、玉梓の知らせのきたれ、葦垣のみだれて思へど、投左のとほくしあれば、せむ術もそこに有らねど、はしきやし君が心の、慰もることもあらむと、吾おくるこれの球根は、春邊はしげき諸葉の、跡もなく枯れてはあれども、鑛は鎔くる夏にし、くれなゐの花の蕾の、一日に一尺に生ひ、二日に二尺に延び、時じくに匂ひぞ出づる、忘れ居しごと、(明治三十四年夏作)

     短歌
病をし忘れて君が思はむとこの忘草にほふべらなり

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常陸國霞が浦に舟を泛べてよみける歌八首(舊作)
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葦の邊を榜ぎたみ行けば思ほゆる妹と相見の埼近づきぬ

携へて相見の埼の村松の待つらむ母に家苞もがも

沖つ邊にい行きかへらふ蜑舟はわかさぎ捕らし秋たけぬれば

白波のひまなく寄する行方《なめがた》の三埼に立てる離れ松あはれ

いさり舟白帆つらなめ榜ぐなべに味村騷ぎ沖に立つ見ゆ

かすみが浦岸の秋田に田刈る子や沖榜ぐ蜑が妹にしあるらし

さゝら荻あしの穗わたる秋風に蜑が家居に網干せり見ゆ

草枕旅にしあれば舟うけてことのなぐさに榜ぎめぐり見つ

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明治三十五年十一月十八日、筑波山に登りてよめる歌二首
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狹衣の小筑波嶺ろのたをりには萱ぞ生ひたる苫のふき萱

筑波嶺をいや珍らしみ刈れゝどもまた生の萱のまたも來て見む

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筑波山を望みてをり/\によみける歌五首
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おくて田の稻刈るころゆ夕されば筑波の山のむらさきに見ゆ

夕さればむらさき匂ふ筑波嶺のしづくの田居に雁鳴き渡る

蜀黍の穗ぬれに見ゆる筑波嶺ゆ棚引き渡る秋の白雲

稻の穗のしづくの田居の夜空には筑波嶺越えて天の川ながる

筑波嶺に降りおける雪は陽炎の夕さりくればむらさきに見ゆ

    まつがさ集(二)

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梧桐の梢おもしろく見えたれば
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青桐のむらなる莢のさや/\に照れるこよひの月の涼しさ

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また庭のうちに榧の樹あり、過ぎしころは夜ごとに梟の鳴きつときけば
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ふくろふの宵々なきし榧の樹のうつろもさやに照る月夜かも

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おなじく庭のうちなる樟の木の葉のきら/\とかゞやきたるを主の女の刀自のいとうつくしきものと稱ふれば我が刀自にかはりてよみける
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秋の夜の月夜の照れば樟の木のしげき諸葉に黄金かゞやく

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一日小雨、庭上に梅の落葉せるを見てよめる歌四首
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秋風のはつかに吹けばいちはやく梅の落葉はあさにけに散る

あさにけに落葉しせれば我が庭のすゞろに淋し梅の木の秋

あさゝらず立ち掃く庭に散りしける梅の落葉に秋の雨ふる

我が庭の梅の落葉に降る雨の寒き夕にこほろぎのなく

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渡邊盛衞君は予が同窓の友なり、出でゝ商船學校に學び汽船兵庫丸の三等運轉士たり、本年六月十四日遠洋航海の途次同乘の船員數名と共に小笠原群島母島の測量に從事し颶風に遭ひて遂に悲慘の死を致す、八月三十日舊友知人相會して追悼の式を擧げ聊か其幽魂を弔ふ、予も亦席に列る、乃ち爲めに短歌八首を詠ず、録六首
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丈夫は船乘せむと海界の母が島邊にゆきて還らず

小夜泣きに泣く兒はごくむ垂乳根の母が島邊は悲しきろかも

ちゝの實の父島見むと母島の荒き浪間にかづきけらしも

はごくもる母も居なくに母島の甚振《いたぶる》浪に臥せるやなぞ

鱶の寄る母が島邊に往きしかば歸りこむ日の限り知らなく

秋されば佛をまつるみそ萩の花もさかずや荒海の島

    まつがさ集(三)

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七月二十五日、大阪桃山にあそぶ
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ひた丘に桃の木しげる桃山はたかつの宮のそのあとどころ

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二十六日、四天王寺の塔に上る
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刻楷《きざはし》を足讀み片讀みのぼり行く足うらのしもゆ風吹ききたる

押照る難波の海ゆふきおくる風の涼しきこの塔の上

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二十七日、泉布觀後庭
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あふちの枝も動かず暑き日の庭にこぼるゝ白萩の花

油蝉しきなく庭のあをしばに散りこぼれたる白萩の花

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二十八日、安倍野を過ぐ
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うねなみに藍刈り干せる津の國の安倍野を行けば暑しこの日は

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和泉國に陵を拜がむと舳の松といふところを行くに、芒のさわ/\と靡きたるを見てよめる
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大ふねの舳の松の野の穗芒は陵のへに靡びきあへるかも

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百舌鳥の耳原の中の陵といふを拜みて
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和泉は百舌鳥の耳原耳原の陵のうへにしげる杉の木

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すこし隔たりたるみなみの陵といふを拜みまつるに、松の木のおひしげりたれば
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うなねつき額づきみればひた丘の木の下萱のさやけくもあるか

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おなじく北の陵へまかる途にて
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向井野の稗は穗に出づ草枕旅の日ごろのいや暑けきに

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北の陵にて
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物部の建つる楯井の陵にまつると作れその菽も稗も

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舳の松より海原をうちわたす雲の立ちければ
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雨ないたくもちてなよせそ茅淳《ちぬ》の海や淡路の島に立てる白雲

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住吉の松林を磯の方にうちいでゝよめる
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住吉の磯こす波の夕※[#「さんずい+和」、第4水準2−78−64]の鷺とびわたれ村松がうれゆ

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三十日、西京なる東山のあたりを行くとて清閑寺の陵にいたるみちすがらよみける
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さびしらに蝉鳴く山の小坂には松葉ぞ散れるその青松葉

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三十一日、比叡山のいたゞきにのぼりて湖のあなたに田上山を望むに、折柄山のうへなる空に雲のむら/\とうかび居たれば
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比叡の嶺ゆ振放みれば近
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