りし來れば淋しくもあるか
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十月九日、三七日にあたりぬ、はろかに思をはせてよみはべりける
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まうですと吾行くみちにもえにける青菜はいまかつむべからしも
いつしかも日はへにけるかまうで路のくまみにもえし菜はつむまでに
投左のとほさかり居て思はずは青菜つむ野をまた行かむもの
青雲の棚引くなべに目《ま》かげさし振放見ればみやこはとほし
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明治三十六年
狂體十首
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萬葉集の尨大なる作者もさま/″\に、形體もさま/″\なるものから、仔細に視むことは容易のことに非ざれども、一言にして之を掩へば、句法の緊密にして音調の莊重なるはその特色なり、少くとも佳作と稱すべきものは大抵これなり、
記、紀の歌は萬葉の素をなしたるものなれば相似たるは固よりなれども、その間自ら異りたるものありて存す、句法の如き萬葉の緊りたるに比すれば寛かに、音調の如き萬葉の重きに比すれば朗かなりといふの當れるを思ふ、而して共に措辭の巧妙にして曲折あるは規を一にす、之を譬ふるに萬葉の歌は壯夫の弓箭を手挾みて立てるが如く記、紀の歌は將帥の從容として坐せるが如けむ、神樂、催馬樂はこの二つのものに比するに、分量に於て、價値に於て、同日の談に非ざれども、遙に悠長にして、遙に卑近なる所、記、紀、萬葉の以外に長所の存するところにして亦一體なり、要するに萬葉の歌を眞面目なりとすれば、記、紀の歌は温顏なるが如く、神樂、催馬樂は即ちおどけたるが如し、
神樂、催馬樂には折り返し疊み返したる句おほし、これ曲に合せて謳ふものなりといへばならむ、調子のゆるやかなる所以なり、その謳ふや必ず雅撲にして超世のおもひあるべしと信ずれども、寡聞にして未だこれを知らず、單に普通の歌として見るに過ぎざれども、亦研究に値すべきものなからず、五言七言の句以外に三言四言六言八言九言も自由なるべく、漢語俗語を用ゐるもよく調和すべきが如き、まゝ奇警なる語句を挾むところあるが如き、他の體に見るべからざるものなり、只そのこれをいふものなきは、注目するものゝ少きに因るならむ、
狂體十首は普通の歌として視たる神樂、催馬樂の體を參酌して試みに作りたるものなり、研究の足らざるや、その體の完全なるものと雖も成ること難からむ、ましてこの體の果して發達生長せしむべきものなりや否や疑はしきものなれば失敗に歸したるは勿論のみ、されど予はその成るべきか、成らざるべきか自ら悟らざるまでは折々に作りて見むと思ふ、晦澁卑俗なるの故を以て斥けられざれば幸なり、
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その一
※[#「禾+魯」、第3水準1−89−48]田におり居の鴫、しぎつき人つき網もち、とほめぐりいや近めぐり、めぐれども羽叩もせず、鴫はをらずや、鴫は居れどかくれて居りと、おのれ見ゆらくを知らに、稻莖に嘴をさしいれ、さし入れてかくれて居りと、網でとられきや、
その二
おほ寺の榎がうれに、このみをばとりてはまむと、綱かけてのぼりけむや、梯かけてのぼりけむや、はしもかけずつなもかけずて、なにをしてかよぢけむぞ子や、おりこやと母が喚べど、このみはみおりてもこぬや、父がよばゞおりや、
その三
水つくや稻の朽田に、ひれふりてあそべる鮒を、筌おきてとらばよけむや、叉手さしてすくひてとらむ、しかれども叉手をさせば、田をこえてにげて行くや、畔放ちてたれかおきけむ、吾田の畔を、
その四
殖椚くにぎがしたに、芒刈るをとめ、なが刈らせこそ、春野の雉子、あすからはかくれて逢はむや、あはむやきゞす、
その五
葱つくりは灰こそよき、藁灰や粟がらの灰、黍稈の灰もこそよき、しかれども竹の灰は、まことぞも葱は枯らす、竹やくなゆめ、
その六
芋の子の子芋こそ、九つも十もよけれ、としごとに子もたるをみな、子はもたせこそ盥のそこを、一つうち二つうち、三つ四つや五つ六つうち、七つうたばとしの七とせ、へだてゝぞ子はもつらむや、八つうたば八とせや、
その七
葦邊には羽をあらふて、羽あらふてわたる棹雁、棹もちてここにおちこ、吾田のや刈束稻、馬に積み車に積み、そのあまりは朸にかけて、もて行かむに朸もがも、その棹もちこ、
その八
法林寺の佛の首は、雨もりておつればつぐ、鷺のくび木兔のくびも、かたみ換へ接がばつぎうるや、そのつぐは生麩《しやうふ》わらび粉、そくいひつのまたいせのりもあれどえつがずや、にべにかはこそ付けばとれぬもの、その膠は犢の牛の、寸涎のこりてなるちふ、まことしかなりや
その九
篠原やしぬをため、おしためて罠をつくり、しりからは籾はくはえず、さきから籾をくはむと蒿雀《あをじ》ひよどりや、ひたきも取れてあらむと、こはや足をはさまれて、はさまれて居る鼠や、をばやし小溝の鼠、みづ田くが田の鼠は、みしねくひ麥くふ、きやう鼠はつか鼠、いへるなる鼠は戸も柱もくひやぶれど、ひるは梁にかくる、大宮の老鼠、わなにもかゝらずて、よるはかくれてひるいづる、老鼠や、
その十
いなだきをなからに剃り、そりいなみいたも泣く子や、洟ひるや木でのごはむや、竹で拭はむや、さら/\に利鎌に刈りて、萱でのごはむ、
新年宴會
利鎌もて刈りゆふ注連のとしのはにいやつぎ行かむ今日の宴は
雪
筑波嶺の茅生のかや原さら/\にこゝには散らず降れる雪かも
二並の山の峽間に降りしける雪がおもしろはだらなれども
筑波嶺に降りける雪は白駒の額毛に似たり消えずもあらぬか
寄鑄物師秀眞
小鼠は栗も乾※[#「魚+是」、第4水準2−93−60]も引くといへどさぬるふすまも引くらむや否
うつばりのたはれ鼠が栲繩のひきて行くちふひとりさぬれば
橿の實のひとりぬればに鼠だに引くとさはいふひとりはないね
嫁が君としかもよべども木枕をなめてさねなむ鼠ならめやも
いとこやの妹とさねてば嫁が君ひくといはじもの妹とさねてば
嫁が君よりてもこじを妹がかた鑄てもさねなゝ冷たかりとも
みかの瓮に鼠おとしもおとさずも妹とさねてば引くといはなくに
小鼠のひくといふものぞ犢牛の角のふくれはつゝましみこそ
海苔
品川のいり江をわたる春雨に海苔干す垣に梅のちる見ゆ
贈答歌
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壬寅の秋、歌の上に聊か所見を異にし、左千夫とあげつらひせる頃、左千夫におくれる歌
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みづ/″\し、粟の垂穗の、しだり穗を、切るや小畠の、生ひ杉菜、根の深けく、おもほゆる、心もあらねど、吾はもや、相爭ひき、しかれども、棕櫚の、毛をよる、繩のはし、さかり居りとも、またあはざめや。
山菅のそがひに向かば劔太刀身はへだてねど言は遠けむ
春雨
ほろ/\と落葉こぼるゝゆずり葉の赤き木ぬれに春雨ぞふる
春の夜の枕のともし消しもあへずうつら/\にいねてきく雨
春雨の露おきむすぶ梅の木に日のさすほどの面白き朝
あふぎ見る眉毛にかゝる春雨にかさゝしわたる月人をとこ
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常陸國下妻に古刹あり光明寺といふ、門外に一株の菩提樹あり、傳へいふ宗祖親鸞の手植せし所と、蓋し稀に見る所の老木なり、院主余に徴するに菩提樹の歌を以てす、乃ち作れる歌七首
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天竺の國にありといふ菩提樹ををつゝに見れば佛念ほゆ
善き人のその掌にうけのまば甘くぞあらむ菩提樹の露
世の中をあらみこちたみ嘆く人にふりかゝるらむ菩提樹の華
菩提樹のむくさく華の香を嗅げば頑固人もなごむべらなり
菩提樹の小枝が諸葉のさや/\に鳴るをし聞かば罪も消ぬべし
こゝにして見るが珍しき菩提樹の木根立ち古りぬ幾代へぬらむ
うつそみの人のためにと菩提樹をこゝに植ゑけむ人のたふとき
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一月二十日、きのふより夜へかけて降りつゞきたる雨のやみたるにつとめておき出でゝ見れば筑波の山には初雪のふりかゝりたればよめる歌六首(録三首)
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おぼゝしく曇れるそらの雨やみて筑波の山に雪ふれり見ゆ
よもすがら雨の寒けくふりしかば嶺の上には雪ぞふりける
をのうへにはだらに降れる雪なればこゝのあたりはうべ降らずけり
つくし
むかし我がしば/\過ぎし大形の小松が下はつくしもえけり
つく/\しもえももえずも大形の小松が下に行きてかも見む
つくしつむ方も知らえず大形に行きてを見なむ昔見しかば
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二月五日筑波山に登る、ふりおける雪ふかゝりければ足の疲れはなはだしくおぼえぬ、その夜のほどによみける歌九首
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足曳の山をわたるに惱ましみい行かじものを山がおもしろ
柞葉のはゝそのしばのしば/\も立ちは休らふ山の八十坂
蘖《ひこばえ》のたぐひて行かむ人なしにひとり越ゆれば惱ましき坂
さや/\に利鎌さしふるしもと木のなよ/\しもよ山路越ゆれば
草枕旅ゆきなれし吾なれど山坂越せばいたし足うらは
つくば嶺にこりたく※[#「木+無」、第3水準1−86−12]《ぶな》のもゆるなす思ひかねつゝ足はなやみぬ
肉むらの引かゆがごとも思ほえて脛のふくれのいたましき宵
桑の木の木ぬれをはかる青蟲のかゞめて居ればいたき足かも
小衾のなごやが下にさぬらくのすが/\しもよ足疲れゝば
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三月十四日、妹とし子あすは嫁がむといふに、夕より雨のいたくふりいでたれば
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さきはひのよしとふ宵の春雨はあすさへ降れどよしといふ雨
春雨に梅が散りしく朝庭に別れむものかこの夜過ぎなば
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宵すぐるほどに雨やみてまどかなる月いづあすはよき日と思はれければ
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しば/\も裝ひ衣ぬぎかへむあすの夜寒くありこすなゆめ
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なほ思ひつゞけゝる
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柞葉の母が目かれてあすさらばゆかむ少女をまもれ佐保神
夜をこめてあけの衣は裁ちぬひし少女が去なば淋しけむかも
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四月十七日、雨ふる、うらの藪のなかへ入りてみるに※[#「木+綏のつくり」、第3水準1−85−68]の木の芽いやながにもえ出でたり、亡師のもとへとし/″\におくりけるものを、いまはそれもすべなくなりぬ
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朝さらずつぐみなくなる我が藪の※[#「木+綏のつくり」、第3水準1−85−68]の木みればもえにけるかも
春雨の日まねくふればたらの木のもえてほうけぬ入りも見ぬとに
たらの木のもゆらくしるく我が藪の辛夷の花は散りすぎにけり
しもと刈るわが竹藪のたらの木は伐らずぞおきしもえば折るべく
春雨に濡れつゝたらは折らめどもをりきと告げむ人のあらなく
藁つゝみたらの木の芽はおくらまく心はいまは空しきろかも
めでぬべき人もあらぬに徒にもえぞ立ちぬるそのたらの木を
をらゆればすなはちもゆるたらの芽のまたも逢ふべき人にあらなくに
春雨のしき降る藪のたらの木のいたくぞ念ふそのなき人を
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『馬醉木』に題する歌并短歌
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うちなびく春の野もせに、とりよろふしどみの木と、馬醉木とをありとあらずと、非ずとは人はいへども、ありと思ふしどみが花は、いつしばの落葉がしたに、ふし芝のかれふがなかに、馬の蹄ふりはふりとも、利鎌もて刈りは刈りとも、しかすがにしゞににほひて、うらもなく吾めづる木の、まぐはしみ吾みる木ぞ、しどみの木あはれ、
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短歌
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春の野にさかりににほふしどみの木あしびと否と我はおやじと
春の野にい行かむ人しいつくしきしどみの花は翳してを見らめ
雉子なく春野のしどみ刺しどみおほにな觸りそその刺しどみ
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わが知れる三浦氏は眞宗の僧なるが、五月の初に男子をう
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