きひじりにて在しければ、よろづのことわきまへあきらめずといふことなし、さみだれの雨ふりつづきて、いとつれ/″\しきに、この法師かひなうちさすり脛かきなでなど、こと/\しうしてありけるが、いかで人みなのために吾ひめ力こゝろみてむなど、きこえくるほどに、鎌とり鍬うちふりて、いばらづらさく/\にきりひらき、林つくりなむとさま/″\の木などおほしけるを、ありがたきひじりの行ひかなと人々ゐやまひかしこみけるに、なべての木こと/″\く木末を下にしてぞさしたまひける、心えがたくおもふものから、人々たゞもだしてのみぞありける、こゝにおなじ縣の片ほとりに住みけるなにがしの小さ人といふものありけり、心おろかなりければ、法師のことゞもさら/\に知らずてのみありき、かやまのまなかひまろといふ人いやとほにへなりけるが、はろ/″\にきこえければ、小さ人きゝおどろきて心あわたゞしうさぐり見て、小さ人がよめりける
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あがたもよ吾住むあがた。いばらづらい刈りひらき。ほふしのなすや手わざを。上行くとあぜこえいゆき。から/\に蛙はなき。下行くと穴穿りいゆき。ころ/\に螻蛄ははやす。けらだにもしかこそはやせ。蛙だにかくこそなけ。吾はもや小さ人。吾耳はかけ樋の小筒。そこなしにたまらぬかも。人言はとまらぬかも。しかれこそ知らずありけめ。小林に入りてみまくと。いり見まくよりしよらめや。逆生《さかなり》のをはやし。

     賀擧子

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人の子をあげたるをよろこびてよめる
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鍬持つ手土につくまで。くさぎるや畠の殖蒜《うゑひる》。殖蒜のうらべにむすぶ。その玉に似てをあれし子。平らけく安くありこせ。父母のため。

     うみ苧集(五)

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茸狩をよめる歌并短歌
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筑波嶺は面八つあれど。的面は杉深み谷。背面は笹深み谷。ひむがしは巖立つ峰と。峰の上は攀ぢても見ず。谷のへは探りても見ず。酒寄の青嶺が下を。和阪の吉阪と別きて。つどひくる少女男の。立ちならし小松が根ろに。茸狩るといそばひすもよ。秋の日をよみ。

     短歌
少女子の小松が根ろに茸狩ると巖阪根阪踏みならすらし

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吾父ひとのことにかゝづらひて一たびは牢の内にもつながれけるが三とせになれどもことのうたがひははれず、その間心をいたましめしこといくそばくぞや、丑のとし十月のはじめかさねて召し出さるゝことゝなりければうれへあらたに來る思ありてたへがたくおぼゆるまゝによめりける(三十四年十月作)
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ちゝのみの父は行かすもこと分の司のにはへ父は行かすも

わが父にことなあらせそ吾ために一人の母が泣かざらめやは

ちゝのみの父を咎めむ掟あらば失せもしなゝむ人知らぬとに

かくのみにつれなきものか世の中にねぢけし人は父はあらなくに

ちゝのみの父を念へばいゆしゝのいためる心なぐさもらなく

世の中はわりなきものかまがつみに逢ひてすべなき父をし念へば

日月はもこゝだもふれどいや日けにうれへはまして忘らえぬかも

吾心なぐさまなくに父もへばまうら悲しき秋の風ふく

はゝそはの母の命がうらさびてうれたむ見れば心は泣かゆ

いつたりの子等が念ひは久方の天にとほりて人も知りこそ

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去年の秋のころ日ごとにうた一つ二つづゝよみてはかき付けて見むと思ひおこしけることありしがいく程もなくて止みたり、いま反古ども披きみるに自らには思ひ出のうれしきまゝ抜きいでぬ、よしなきことのすさびなりかし

十月二十四日、あさの程よりくもる、舊暦九月の十三日なり
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とのぐもり天の日も見ず吾待ちしこよひの月夜照らずかもあらむ

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二十五日、夕ぐれに鴫網を張る
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押し照れる月夜さやけみ鳥網張る秋田の面に霧立ちわたる

秋の田の穗の上霧合へりしかすがに月夜さやけみ鴫鳴きわたる

夕されば鴫伏す田居に鳥網張り吾待つ月夜風吹くなゆめ

秋の田に鳥網張り待ちこのよひの清き月夜に鴫とりかへる

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二十六日、鉈とりて竹を伐る
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むらどりの塒竹むら下照りてにほふ柿の木散りにけるかも

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二十七日、きぬ川のほとりを行く
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うぐひすのあかとき告げて來鳴きけむ川門の柳いまぞ散りしく

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二十八日
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秋の田に少女子据ゑて刈るなべに櫨とぬるでと色付きにけり

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二十九日、なにがしの寺の庭にある白膠木《ぬるで》の老木の實をむすびたるを見て
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くれなゐに染みしぬるでの鹽の實の鹽ふけり見ゆ霜のふれゝば[#ここから割り注](ぬるでの實は味辛し故に方言鹽の實といふ)[#ここで割り注終わり]

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三十日、雨ふる
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秋雨に濡らさく惜しみ柿の木に來居て鳴くかも小笠かし鳥

     うみ苧集(六)

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八月四日、雨、下づまにやどる
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草枕旅に行かむと思へるに雨はもいつか止まむ吾ため

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五日、あさの程くもり、五十日に及びて雨はれず
[#ここで字下げ終わり]

苧だまきを栗のたれはな刺《いが》むすび日はへぬれども止まぬ雨かも

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午后にいたりて日を見る
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おぼゝしく降りける雨は青※[#「くさかんむり/相」、第4水準2−86−43]《うまくさ》の立秀《たちほ》の上にはれにけるかも

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八日、立秋
[#ここで字下げ終わり]

久方の雨やまなくに秋立つとみそ萩の花さきにけるかも

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十二日、雨、この日下づまに在り、友なるもの、いたづける枕もとにさま/″\の話してあるほどに房州の那古にありける弟おもひもかけず來り合せたるにくさ/″\のことをききて
[#ここで字下げ終わり]

烏賊釣に夜船漕ぐちふ安房の海はいまだ見ねども目にしみえくも

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十四日、きぬ川のほとりを行く
[#ここで字下げ終わり]

※[#「木+綏のつくり」、第3水準1−85−68]の木は芽立つやがてに折らゆれどしげりはしげし花もふさ/\

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廿五日、ものへ行く、棚にたれたる糸瓜のふとしきをみて
[#ここで字下げ終わり]

秋風は吹きもわたれかゆら/\に糸瓜の袋たれそめにけり

青袋へちまたれたりしかすがにそのあを袋つぎ目しらずも

夏引の手引の糸をくりたゝね袋にこめてたれし糸瓜か

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廿八日、芒の穗みえそむ
[#ここで字下げ終わり]

秋風はいまか吹くらし小林に刈らでの芒穗にいでそめつ

[#ここから6字下げ]
廿九日、筑波のふもとへ行く、落栗のいや珍らしきをよろこびてよめる
[#ここで字下げ終わり]

楯名づく青垣よろふ、筑波嶺の裾曲の田居は、甘稻の十握にみのる、八十村の中の吉村は、投左のとほくしあれば、足毛には玉ちるまでに、汗あえて吾きてみれば、思はぬにみあへつしろと、めづらしき栗にもあるかも、小林の木ぬれになるは、青刺のまだしきものと、とりとみぬ秋のまだきに、こゝにたふべぬ

あし曳の山裾村に秋きぬと栗子柿子はかね付けにけり

[#ここから6字下げ]
三十日、夕、きぬ川のほとりをかへるに幼子どものむれあそべるをみてよめる
[#ここで字下げ終わり]

青鉾の葱を折り、袋なす水を滿て、うらべには穴をあけ、その穴ゆさばしる水を、おもしろといそばひすもよ、白栲のきぬの川べに、夕さりにつどへる子らが、いそばひすもよ

[#ここから6字下げ]
三十一日、成田へ行かむと夜印旛沼のほとりを過ぐ
[#ここで字下げ終わり]

ぬば玉の夜にしあれば伊丹庭の湖さやに見えねどはろ/″\に見ゆ

竪長の横狹の湖ゆ見出せばおほに棚引き天の川見ゆ

いにはの湖水田稻村めぐれどもまさしに見えず夜のくらければ

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九月一日、滑川より雙生《ふたご》丘をのぞむ
[#ここで字下げ終わり]

大船の※[#「楫+戈」、第3水準1−86−21]取の稻田はろ/″\に見放くる丘の雙生しよしも

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雙生丘にのぼる、利根川の水その下をひたして行く形の瓢に似たるも面白ければ
[#ここで字下げ終わり]

くすの木の木垂るしげ丘《を》は秋風に吹かれの瓢ころぶすが如し

秋風はいたくな吹きそ白波のい立ちくやさば瓢なからかむ

秋風の吹けどもこけずひた土のそこひの杭につなぐひさごか

なりひさご竪さに切りて伏せたれどその片ひさごありか知らなく

[#ここから6字下げ]
二日、利根川のほとりに人をたづぬ、打ちわたす稻田おほかたは枯れはてたり、いかなればかと問へば雨ふりつゞきて水滿ちたゝへたれども落すすべを知らず、日久しくしてかくの如しといふ
[#ここで字下げ終わり]

甘稻のみのりはならず枯れたるに水滿てるかも引くとはなしに

久方の天くだしぬる雨ゆゑに稻田もわかずひたりけるかも

まがなしく枯れし稻田をいつとかも刈りて收めむみのらぬものを

日のごとも水は引けども秋風のよろぼひ稻に吹くが淋しさ

[#ここから6字下げ]
三日、印旛沼のほとりを過ぐ
[#ここで字下げ終わり]

しすゐのや柏木村を行きみればもく採る舟かつらに泛けるは[#ここから割り注](モクは方言なり藻をいふ)[#ここで割り注終わり]
味村のつらゝの小舟葦邊にか漕ぎかくりけむ見れども見えず

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四日、蕨氏に導れて杉山を攀のぼるとて
[#ここで字下げ終わり]

睦岡の埴谷の山はいばらつら足深《あふか》にわけて越ゆる杉山

[#ここから6字下げ]
とよみけるがいたくあやまりたり、このわたりの杉山ことごとくしたぐさ刈りそけて見るに涼しげなり
[#ここで字下げ終わり]

睦岡の五百杉山はしたぐさの利鎌にふりて見るにさやけし

[#ここから6字下げ]
五日、けふも杉山見に行く
[#ここで字下げ終わり]

赤阪は鎌わたらず、小芒のおどろもゆらに、蛇ぞさわたる、蛇わたる山の赤阪、行きがてぬかも

[#ここから6字下げ]
六日、八街原をかへりくるに波の音きこえければ
[#ここで字下げ終わり]

から籾をすり臼にひき、とゞろにきこゆるものは、とほ/″\し矢刺の浦の、波にしあるべし

[#ここから6字下げ]
千葉の野を過ぐ
[#ここで字下げ終わり]

千葉の野を越えてしくれば蜀黍の高穗の上に海あらはれぬ

もろこしの穗の上に見ゆる千葉の海こぎ出し船はあさりすらしも

百枝垂る千葉の海に網おろし鰺かも捕らし船さはにうく

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九月十九日、正岡先生の訃いたる、この日栗ひらひなどしてありければ
[#ここで字下げ終わり]

年のはに栗はひりひてさゝげむと思ひし心すべもすべなさ

さゝぐべき栗のこゝだも掻きあつめ吾はせしかど人ぞいまさぬ

なにせむに今はひりはむ秋風に枝のみか栗ひたに落つれど

[#ここから6字下げ]
二十日、根岸庵にいたる
[#ここで字下げ終わり]

うつそみにありける時にとりきけむ菅の小蓑は久しくありけり

[#ここから6字下げ]
二十三日、おくつきに詣でゝ
[#ここで字下げ終わり]

かくの如樒の枝は手向くべくなりにし君は悲しきろかも

笥にもりてたむくる水はなき人のうまらにきこす水にかもあらむ

[#ここから6字下げ]
廿五日、初七日にあたりふたゝびおくつきにまうでぬ、寺のうら手より蜀黍のしげきがなかをかへるとて
[#ここで字下げ終わり]

吾心はたも悲しもともずりの黍の秋風やむ時なしに

秋風のいゆりなびかす蜀黍の止まず悲しも思ひしもへば

もろこしの穗ぬれ吹き越す秋風の淋しき野邊にまたかへり見む

秋風のわたる黍野を衣手のかへ
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