こゝに咲く見ゆ

梅の木は花かも咲けるひはつ女の白珠粧ひ今するらしも

白珠は緒にも貫かくと照るといへど枝に貫く珠香さへ包めり

鶯の咋ひ持つ花を緒に貫きていかけ引けらば寄り來ざらめや

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香取の梅を見て
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吾はもや梅見にきたりこの春は復は見がたみけふ見にきたり

かしこくも吾はあるかも春雨の降りての後に梅見すらくは

舟の秀ははろかにあれどこゝにして振放見れば梅の上ゆ見ゆ

※[#「楫+戈」、第3水準1−86−21]取のや稻幹くゝる薦槌のい行きかへらむ梅見つ吾は

梅の花咲きも咲かずも川舟の潮來《いたこ》の見ゆるこの岡うるはし

全木には梅まだ咲かずうべしもよ麥の青薦しきうすくこそ

この梅は花の乏しも春風の吹き少なみか花の乏しも

    桃

ゆた/\と柳の糸を針に貫き縫ひて垂れけむ桃のとばりか

あまさかる鄙少女等が着る衣のうすいろ木綿と桃咲きにけり

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二月二十五日筑波山に登りて國見して作れる歌十首
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筑波嶺ゆ振放見れば水の狹沼水の廣沼霞棚引く

御鏡の息吹のはしに曇るなす國つ廣湖霞みたる見ゆ

筑波嶺の巖根踏みさくみ國見すと霞棚引き隔てつるかも

春霞い立ち渡らひ吾妻のやうまし國原見れど見えぬかも

筑波嶺の的面背面に見つれども霞棚引き國見しかねつ

春霞立ちかも渡る佐保姫の練の綾絹引き干せるかも

佐保姫の練綾絹のあやしかも國土ひたに覆へる見れば

うす絹と霞立ち覆ひおぼろにも國の眞秀ろの隱らく惜しも

地祇み合ひしせさす春とかも練絹覆ひ人に見えずけむ

思ほゆることの如くは練絹の霞の衣裁たまくし思ほゆ

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四月の末には京に上らむと思ひ設けしことのかなはずなりたれば心もだえてよめる歌
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青傘を八つさし開く棕櫚の木の花さく春になりにたらずや

たらの芽のほどろに春のたけ行けばいまさら/\にみやこし思ほゆ

荒小田をかへでの枝に赤芽吹き春たけぬれど一人こもり居

みやこべをこひておもへば白樫の落葉掃きつゝありがてなくに

おもふこと更にも成らず枇杷の樹の落葉の春に逢はくさびしも

春畑の桑に霜ふりさ芽立ちのまだきは立たずためらふ吾は

草枕旅にも行かず木犀の芽立つ春日は空しけまくも

にこ毛立つさし穗の麥の招くがね心に思へど行きがてぬかも

おもふこと楢の左枝の垂花のかゆれかくゆれ心は止まず

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床のおきものに木根のとちくりたるを据ゑたり尺には足らず
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いはほなす木の根の形をおもしろみおき足らはせる陶物の猿

     渡舟

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下ふさ利根川のほとりなる今村の引渡しといふをわたりてよめる
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さき岸にゐ杭を立て。こち岸にゐ杭を打ち。ゐ杭に繩とりかけ。繋げる舟の。おもしろのあな舟はや。繩引けばこゝにより來。繩引けばそこによらくと。吾引きわたる伊麻村の穿江。

     うみ苧集(二)

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利根川を渉る
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燒鎌の利根の川門に萱はあれど手長廣生と刈りもあへぬかも

利根川を打ち越え來れば鳥網張る湖北村に鶯鳴くも

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印旛沼
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伊丹庭の湖網引き船漕ぐ葦の邊の和の春風未だ寒みか

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雙生丘
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雙生の椿咲く丘はしきよし花はつら/\樹さへつら/\

二兒は椿さはなれどひた丘に木垂り木根立ちしかさは見えず

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利根川の葦原を過ぎて鬚うすき人を思ひよせて戯れたる歌五首
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葦杙は燒けばさは萌ゆ葦の如萌ゆらむものぞ燒かせその鬚

刈杙の杙の燒生に燒けのこる葦の古穗にさね似たる鬚

春風はい吹き渡れどうすき鬚葦にあらねば萌えぬその鬚

燒杙の灰掻き持ちてこり塗らば蓋しか萌えむそのうすき鬚

燒杙の灰こり塗らば正髯と人かも見らむ本あら小髯

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消息のはしにかき付けて人々の許へやりたる中に本所へ
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葛飾の梅咲く春を見に行かむたどきも知らず一人こもり居

木下川の梅の林に撓細の吾見し少女忘れかねつも

吾宿は人の來ぬ宿人はくれど梅見に來つと人の來ぬ宿

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筑波のふもとへ
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さ蕨の萌え出づる春に二たびもい行かむ山の筑波しうるはし

さ蕨の人來人來とさし招く春にし逢はゞたぬしけまくも

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おちつばき
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       ○
刈杙の杙の燒生の。蘆かびにせくや水泡の。足白の手白の子ら。繭むすぶ糸の永日を。いそばひに蓬は摘むと。よもぎ苗あかずつますと。小鍬とり打つやあら埴の。さくろにな日にはてらえそ。蓬摘む子ら。
       ○
しら/\し白けたる夜の。李ちる朧月夜を。穴こもるたはれ狐か。荊づらすく/\と出て。うまいする兄彦が家の。廚なる鍋とり持ち來。柿の木の枝にそを掛け。そねの木の枝にそを掛け。よひ/\にたはれすらくを。小竹撓めて罠かけ待てど。さやらねば兄彦思ほえ。その狐手捕にせむと。荊分け鋤とりい行き。腰惱むおどろが下に。くたれ木の木の根堀り來つ。狐え捕らず。
       ○
小墾田をかへでの枝の。赤芽吹く春日のどけみ。いめのわたうつらうつらに。肱付きにまろねをすれば。爪引くや弓絃のひゞき。ひゞくなす諸羽振らばひ。虻のとぶかも。

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三月二十四日風雪を冒してとほく多珂郡に行く乃ちよめる歌并短歌
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物部の真弓の山の。尾の上には人さはに据ゑ。谷邊には人さはに据ゑ。巖根裂く音のみ聞きし。諏訪村の梅さきけりと。とほ人の吾に告らせば。燃ゆる火の焔なす心。包めども包みもかねて。をとつ日の雨降る日の。きその日の雪降る日の。今日までにけならべ降れど。時經なば散りか過ぎむと。行き惱み吾はぞ追へる。とほき多賀路を。

      短歌

雪降りて寒くはあれど梅の花散らまく惜しみ出でゝ來にけり

多賀路はもいや遠にあれば行かまくのたゞには行かず時經ぬるかも

     茂り

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木兔もて鳥とることをよめる
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たらちねの母が桑つみ。兒がひすとつくれるかごの。さき竹のしゞにさし交ふ。五百枝槻もとべをぐらく。しげらへる森のはたてに。となみはり木兔据ゑ待てば。木ぬれ行く鳥のむれ。さひづるや鷦鷯のむれと。目《まな》叩く木兔あなづらひ。おのが尾をさやるを知らに。おのが羽をさやるを知らに。枝うつりいよりみだらひ。とよもせるかも。

    自像に題す

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梁戸といふところの土をとりて自ら吾型をつくる
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いくみ竹やなとの阪の。埴とりてつくれる型。目《まな》しりはえにしだの木の。たれたるや吾目らかも。口もとは騰波のうみの。眞菰なすまばらの髭。その髭はやなき。

     うみ苧集(三)

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白帆
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かぎろひの夕さりくれば。鹽つまる和田つ宮居の。玉かざす少女が伴は。足引のおほやまつみの。山彦に合ひし合はまく。青薦の麥野をよぎて。榛の木の小枝が垂穗を。あさみどり柳が糸を。春風のさゆらさゆらに。裾引にいゆりわたれば。こち/″\の谷付く水の。川しりの八十つ船女が。うはなりのねたみ思ひて。をとめらにい及きあはむと。曳綱の曳かくを遲み。さす棹のさゝくを遲み。尾羽張に白帆は揚げて。日もおちず夕さりごとに。こりせずとひた追ひすもよ。い及きあはなくに。

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いま/\しさのたへがたきことありて
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丈夫の腋挾み持つ。桑の弓梓の弓。弓こそはさはにあれども。吾持つや手握細。細小竹のへろ/\矢。天とぶ雁にさやらず。槻が枝の鷦鷯とらむと。鷦鷯はや木ぬれはうつす。いたづらに吾とる弓の。へろ/\矢あはれ。

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下つまなる狹沼のほとりは吾いとけなき折のすみどなりければ見るになつかしき思ひぞすなる、ことしの春舟を泛べてそゞろに昔のことなどおもひいでければよめる
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わらはべに吾ありしかば舟競ひかづきせりける狹沼ぞこれは

これはもや水たまりの沼種おろす八十水田村へ水くまりの沼

蘆角の萌ゆる狹沼の埴岸に舳とき放ちて吾ひとり漕ぐ

岸のべの穗立柳は茂れどもありける家を見ぬがともしさ

古の二本柳妹に別れ一本立てり水付く柳

二本ありける柳妻なしにたゞ一本にあるがうれたさ

水付くや一本柳人ならば言問はましを一本柳

若草の妻覓ぎかねてひとりある柳を見れば昔思ほゆ

妹柳いまもさねあらば舟寄せて見て行かまくの朽ちにけるかも

狹沼邊の一本柳木根高に立ちさかゆともひともと柳

白波の手搖り振らばひひまもなき一本柳妻なしにあはれ

     茄子

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かねてより土かへおきたる十坪ばかりのところへ瓜茄子などをつくりて
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瓜つくり茄子つくりすと。瓜の葉は蟲はむ故。竈なる灰とりかけ。茄子の葉は日にしぼむ故。楢が枝を折りてかざせば。くゝ立ちに茄子はさかえ。下ばひに瓜はひろごる。ひろごるや藁床の上に。枕なす瓜もよけども。いとはやもなれる茄子の。しりぶとにてれるを見るが。めづらしきかも。

     鳥居

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浪逆の浦より息栖を過ぎてよめる歌并短歌
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ひたちなる浪逆の浦は。あるみなす浪のさわげば。薦槌の往き交ふ舟の。舟人のまもりのためと。うなじりの小門にまつれる。八尺鳥息栖の宮は。みなぞこゆ八尋の柱。太知れるとり居が下を。忍穗井の水とよばひて。さす潮のさして引けども。ひく潮の引きてさせども。わく水の淡くたゝへて。石上ふるのむかしゆ。ありさりし甕のへみれば。女の瓶はふかくこもらひ。男の瓶はおほにしあれば。つばらかに見むと思ひて。掻き鳴すやこをろ/\に。竿とりに探りみるべく。かしこきろかも

      短歌

小鹽井の鹽井の水につき立てる息栖のとり居みるがたふとさ

     うみ苧集(四)

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にはにある楓の木のいろ付きたるを見てよめる(三十四年八月作)
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水不足あか田くぼ田に。もとほらひすじつま呼ぶ。蛙手の木々の木ぬれは。秋さればもみつとを言へ。みな月のけふのてる日に。こゝに匂へる。

[#ここから6字下げ]
五月雨もいつしかはれて土用ともなれば日々にあつけくなりまさりてたへがたくおぼゆるものからなほ涼しさの求めてえがたきことのあらめやはとおもひつゞけてよめる
[#ここで字下げ終わり]

竹箒手にとり持ちて散り松葉あさな/\に掃くがすゞしさ

鋸のわたる椚の切杙のわか木むら立ちたつがすゞしさ

かぎろひのゆふつみ茄子さく/\に菜刀もちて切るがすゞしさ[#ここから割り注](菜刀は方言なり包丁をいふ)[#ここで割り注終わり]

ところづらませがおどろを刈りそけて足うらしみゝにふむがすゞしさ

穴ごもりくろ行く螻蛄の夕さればころゝ/\になくがすゞしさ

にはつとりかけのかひこに根芽つなぎはつなる瓜のなるがすゞしさ

こも槌のかたみに包む皮剥げて竹の肌をみるがすゞしさ

いた/\し左枝がうれに玉むすぶ青|山椒《はじかみ》を噛むがすゞしさ

手握の弓のたわめる皀莢のさゆら/\にゆるがすゞしさ

末つみにつむや藜をとり茹でゝ手桶の水にさすがすゞしさ[#ここから割り注](さすは方言にしてさらすの意なり)[#ここで割り注終わり]

     あまだれものがたり抄

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いまはむかしからたちのかなひことなむ呼べるしれ人ありけり、くさ/″\のことにかゝづらひければ知り人あまたいできにけり、いつのころにかありけむ、法師ひとりゐてきにけるが、またな
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