つひまに畑見えて畑のつゞきに小松原みゆ

垣の外になめて植ゑたる柿の木のうまし木の實のともしきろかも

もろこしの高穗ゆるがし畑をすぎ庭の木草に風ふきわたる
[#改ページ]

 明治三十四年


    雪

あら山の雪にこやせる旅人あはれ 家のらばい行きて妹に告げやらましを

    海

住吉のあまにもがもな常世べのをとめが宮にゆけらく思へば

    氷

西ふくや風寒ければ網ほせる汀の葦に氷むすびぬ

氷ゐる水のそこひの白珠の目にはつけどもとりがてぬかも

    酒

いはひ瓮にうま酒みてゝうめきとふ野べのつかさは松木たれたり

    滑稽

萱刈りて畑なひらきそ麻田比古が額の片へに麥蒔かば足り

君によりなごむ心はにひ藁に包む海鼠のしかとくるごと

    橋

大王のとほのみ門と。しきます越の國内に。山はしもさはにあれども。名ぐはしその立山を。いめぐらふかたかひ河は。征矢なす水のはやけば。架けわたす橋もあらねば。さと人のいよりつどひて。かにかくに計らひけるに。その中の人の言へらく。山つみの神の命に。こひのみねぎ申して。うつそみの人の命を。そこにしも沈めてあらば。とこしへに橋はあらむと。苟且《かりそめ》に言ひけることを。その人の命沈めと。神よさしよさせりければ。悔ゆれどもせむすべ知らに。ひとり子とめでし少女を。手ひかひてなげき告ぐらく。命をし永く欲りせば。徒にものな言ひそと。ちゝのみの父の命の。いましめと告げゝることを。山吹のにほへる妹が。吾背子と相見しのちも。繭ごもり息づきわたり。背をだにも呼ぶことなけば。妹なねをかひなきものと。ふるさとに背子がおくりて。立山の山のふもとの。橋のへに到りし時に。さつ人の筒とり持ちて。分け入りし山の雉子の。柴中に鳴きける聞きて。年久に言はざる妹が。言はまくのもだもありせば。水そこに父ありけめや。嬬戀に汝が鳴かずば。さつ人に知られけめやと。打なげき叫び言ひける。科坂在古思の少女の。古にありけることを。いひつがひかたりつがひて。うつそみの今のをつゝに。聞けば悲しも。

ちゝのみの父を悲しみもだもありし越の少女の古思ほゆ

    灯

ころも手の常陸のうみ。夏麻引うなかみ潟と。こちごちの波の來よらふ。犬吠の埼の上に。天しぬぎ立てるうてなに。常夜にてれるともし灯。雲る夜の風の吹く夜は。往きなれてかよひし船も。これなしにえ行かぬ念へば。あやにたふとき。

    うきす

五月雨のいやしきふれば。うらさびてさぶしき沼の。水くまりの水の門のへより。榜ぎさかりあし原ゆけば。へにしづき沖になづさふ。にほどりの水くさ咋ひ持ち。かきあつめむすぶうき栖《す》の。風吹けば風にゆられ。波立てば波にゆられて。しまらくも安からなくに。そこにして卵子《かひこ》は生りぬ。あはれその栖を。

水に住むものにあるから鳰どりの水草が中にその栖つくらく

    別莊

[#ここから6字下げ]
大洗の岬なる水戸侯の別莊を見てよめる
[#ここで字下げ終わり]

ころも手の常陸のくには。おほうみにたゞに向へば。みがほしきいづこはあれど。大汝少彦名の。いしづまる神の三埼は。いそみれど沖べを見れど。ならびなきはしきみさきと。玉かづらたゆることなく。あともひて人もつぎ來れ。こゝにしもいほりし居らば。命も長くあらむと。大宮に仕ふる公か。あきつかみ吾大王の。年のはにいとまたまへば。うからをこゝにつどひて。立居て見れどよろしみ。ころふして見れどよろしみ。日も足らずそこに念はし。年のごとありけるものを。行水のゆきて去にしと。まが言か人の云へるに。をと年も去年もことしも。汐さゐのありその上に。い立たせることもあらねば。玉松のしげきが下に。もとのごと家はあれども。さぶしきろかも。

畏きや神のみ埼にうつせ貝むなしき家を見ればさぶしも

    蚯蚓鳴く

あらがねの土の下にて。己が世の住みかもとむと。たまさかに凝りてむすべば。さ百合はなそこに開くと。古ゆ今に言ひつぎ。世の中に怪しきものと。尻のへもかしらも分かず。はひもとほり生ける蚯蚓の。竹|※[#「竹かんむり/瞿/又」、第4水準2−83−82]を手にくる糸の。ほそぼそに鳴くなるよひの。うみ苧なす長き夜すらは。いねがてに常する吾も。やすいするかも。

    鑛毒

[#ここから6字下げ]
鑛毒地被害民の惨状を詠ずる歌一首並反歌
[#ここで字下げ終わり]

下つ毛の足尾の山は。まがつみのうしはく山か。その山に金堀るなべに。かなけ水谷に漲り。をちこちの落合ふ川の。大舟のわたらせ川に。時分かず流れ注げば。その川の霑す極み。荒金の土浸みとほり。八ツ子持つ芋も子持たず。蠶飼ふ桑も芽ぐまず。水田には蘆生ひしげり。くが田には萱し靡けば。安らけく住み來し民も。過ぎへなむたどきを知らに。父母は阿子に離れて。壯丁はも妹に別れて。うき雲のさ迷ひ行けば。たまり水止まるものも。ありへにし家にも居かねて。煙だに下へ咽べば。世の中にまさしき人の。同胞の嘆くを見れば。いかで君仇にはあらめやと。益荒雄の鋭心起し。家忘れ身もたな知らず。國統ぶる司の門に。つばらかに聞えあぐれど。大君の任のまに/\。きくといふ司人やも。正耳はしひにけらしも。もゝ足らず八十たび申せど。かへり見ることもあらねば。飯に飢て恨み泣けども。すべもあらぬかも。

    反歌

いかならむ年の日にかも毛の國の民の嘆きの止む時あらむ

    ひしこ漬

足妣木の山を近みと。木がくりに家居しせれば。世のことしけ疎くあれど。雁がねの刈田さわたり。秋風の寒けき頃の。てる月の明き夜頃は。鰯引く浦にぎはふと。辟竹の籃にみてなめ。こゝまでにひしこも來れ。鶉鳴く畑のしげふの。しだり穗の粟とり交へ。八鹽折の酢につけまくと。京さびこゝに吾せる。珍らしみとぞ。

秋風の寒く吹くなべ竹籃にひしこ持ちて來とほき濱びゆ

    髪

[#ここから6字下げ]
十月の末母の命によりて成田山にまうで毛綱を見て作れる歌并短歌
[#ここで字下げ終わり]

母刀自の依しのまにま。とりじもの朝立ち出でゝ。下埴生の成田の寺に。夕さりにい行き到れば。人あまたそこには滿ちて。靈しくも八棟立ちなみ。珍らしき物さはなれど。玉の輪と捲ける太綱は。いた惱む吾背がためと。まかなしきめづ兒がためと。をみな子の思ひしなえて。丈長のその玄髪を。利鎌もて萱刈る如く。ふさたちて供へまつれば。千五百房八千五百房と。山のごとつもれる髪を。堅よりによりて結びて。この岡の岡の上ろに。棟引くと掛けし毛綱ぞ。下埴生にいます佛は。上つ代ゆ今のをつゝに。たふとみと人の來寄れば。この綱のいや長々に。太綱のたゆることなく。後の世もしかぞあるべき。み佛の寺。

をみな子のその丈長の黒髪を斷ちて結びし太綱ぞこれ

    冬の夜

いちしばの林がうれに。凩のいたくし吹けば。まげいほのいほのめぐりは。黍の稈しゞにゆへども。すべもなく寒くしあるを。ぬば玉の夜さりくれば。焚木だに折りてはたかず。ともし灯を中にかくみて。にひ藁を繩になひつぎ。白糸を※[#「角+燗のつくり」、40−3]《わく》に手くると。ひまもなくいそしむ人の。ふけ行けばすのこが上に。しづ衾引きかゝぶりて。さぬらくの安しとかもよ。うけくは知らに。

    山

[#ここから6字下げ]
登筑波山詠歌并短歌
[#ここで字下げ終わり]

天地の開けし時に。瓊矛もて國探らせる。二柱神の命の。いしづまる筑波の山は。しみさぶるまぐはし山と。常に見る山にはあれど。秋の日のよけくを聞けば。巖が根の路をなづみて。落葉吹く峯の上に立てば。そがひには山もめぐれど。日の立の南の方は。品川の入江の沖も。かぎろひのほのに見えつゝ。をしね刈る裾曲の田居ゆ。いや遠に開けゝるかも。男の神のときて干させる。白紐と河は流れぬ。女の神のとりなでたまふ。み鏡と湖は湛へぬ。うべしこそ筑波の山は。時なくと人は來れども。秋の日のけふの吉日に。豈如かめやも。

     短歌

秋の日し見まくよけむと筑波嶺の岩本小菅引き攀ぢて來ぬ
[#改ページ]

 明治三十五年

    春の川

[#ここから6字下げ]
鬼怒川の歌
[#ここで字下げ終わり]

こもり江の蒲のさ穗なす。散り亂りひた降りしける。雪自物天の眞綿を。荒山の狹沼うしはく。御衣織女鬼怒沼比賣が。五百※[#「竹かんむり/瞿/又」、第4水準2−83−82]をかけの手繰りに。巖が根にい引きまつはし。玉の緒にいより垂らして。とゞろ踏む機足《はたし》とゞろに。織り出づる二十尋布を。春の野の大野の極み。きぬ河の礫が上に。岸廣にはへたる見れば。あやに奇しも。

    檐

[#ここから6字下げ]
睡猫を見てよめる
[#ここで字下げ終わり]

すしたるやわぎへの檐の。丸垂木日さしが上に。さ蕨の背くゝまりつゝ。いをしなすはしき二つ毛。春の夜の心うかれに。夜もすがら背を覓ぎかねて。思ひねにさぬとふものか。あはれ/\汝が人にあらば。味酒の丹頬に笑まひ。藍染の衣きよそひ。ほと/\に戸は叩かむを。夜もすがら背を覓ぎかねて。こゝにしもさぬとふものか。二毛猫汝はも。

    蛤

[#ここから6字下げ]
詠|蛤《うむぎ》歌
[#ここで字下げ終わり]

うまし子をうみ那須山の。苔むすやゆつ岩村に。あり立たす石人男。波の穗に新妻覓ぐと。のるなべに潮沫別きて。うむぎ比賣きさかひ比賣と。ならび立ちみ合ひし時の。弟媛の心ねぢけに。堅繩の目細《まなほそ》網に。兄媛をし二十巻き沈け。埴染の衣にほはし。ひとりのみ山踏む時に。その山の底ひ搖らびて。天遙に火立ち騰らひ。巖根木根ひた燒きしかば。うまし彦石人男。弟媛と共にみ失せぬ。うむき比賣和田つ水底に。背を念ふ心は止まず。凝り鹽の辛くのがれて。沾衣あぶりもあへず。燒山にた走り到り。ひた土にこひ伏しまろび。訴へ泣き叫び悲しみ。弟媛が焦がへし灰に。裳の裾の垂鹽注ぎ。掻き抱き塗らひにければ。えをとことよみ歸らせる。吾背子と手たづさはりて。そこをしも住み憂の山と。八つ峰越えそがひの山の。鹽谷にしすみかま探り。蛤はも堅石なして。堅石はうむぎの如も。化り化りていや長に。こもりいますはや。(鹽原之山中蛤の化石を産す故に結末之に及ぶ)

    うみ苧集(一)

[#ここから6字下げ]
二月二十五日筑波山に登りて夫婦餅を詠ずる歌并反歌
[#ここで字下げ終わり]

狹衣の小筑波嶺ろは。八十尾ろに根張り足引き。峻しけくこゞしき山の。山うらの山毛欅の木根踏み。巖陰の雪消になづみ。贄は欲り足なよ/\に。登り立つ日子遲の峰と。さし向ふひがしの峰の。中つへを設けの宜しみ。茅がや葺く四柱いほに。煤火たき榾たきあぶる。串餅をうましもちひと。こゝだはたりぬ。

     反歌

筑波嶺に後來む人も吾如くこゝだ欲る可き串もちひこれ

[#ここから6字下げ]
三月のはじめ下總神崎の雙生《ふたご》の岡より筑波山を望みて詠ずる歌并反歌
[#ここで字下げ終わり]

十握稻ふさ刈る鎌の。燒鎌の利根の大川。川岐に八十洲を包む。五百枝槻千葉の大野の。ならび居の雙生が丘に。たゞ向ふ筑波の山は。登り立ち見れど宜しみ。下り居立ち見れど宜しみ。よろしみとよろぼひ立てる。くはし山見が欲し山の。筑波嶺吾は。

     反歌

千葉の野ゆ筑波を見れば肩長の足長山と霞田菜引く

[#ここから6字下げ]
成田の梅林を見る
[#ここで字下げ終わり]

下埴生の成田の佛をろがむと梅咲く春に逢ひにけるかも

み佛にまゐ來る人の世《よ》心に見てを行くべき梅の花これ

梓弓春にしあれば梅の花時よろしみと咲きにけるかも

錨綱五百尋杉に包まへる梅の林は見れど飽かぬかも

全枝に未だ咲かねど梅の花散らくを見れば久しくあるらし

梅の花疾きと遲きと時はあれど咲きのさかりの木ぬれしよしも

梓弓梅咲く春に逢ひしかばおもしろくして去なまく惜しも

まだき咲く梅の林に鶯の年の稚みかいかくろひ鳴く

鶯は五百杉村を木深みと未だも馴れず時稚みかも

梅の花疾きも遲きも春風の和《なご》吹く息の觸るらくと否と

息長の春風吹けば列貫ける秀枝の珠し
前へ 次へ
全8ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング