ゑたるを見てよめる
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あまたゝび來むと我はもふ斑鳩《いかるが》の苗なる梨のなりもならずも
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はじめの月見の日なりけるが、ゆふまけて嫗の畑へ芋堀りに行きけるを、その家の下部なるものゝ、駒引き出して驅けめぐりける間に、いたくもあれいでゝ止むべくもあらずなりて、思ひもかけず主の嫗を蹄にかけゝれば、肉やぶれ骨挫けてやがていく程もなくて死にけり、人々悲しむこと限りなく、しばらくありて後そこへ幣たてきと、ありけることゞもつたへ云ふを聞きてよめる
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世の中にしれたる人の駒たくと過ちせしより悔いてかへらず
垂乳根の母をゆるして芋堀りにかゝらむと知らば行かざめや行けや
あら駒の蹄のふらくと知らませばやらめや人の母を思はず
垂乳根の母が子芋を皿にもり見むと思ひし月にやもあらぬ
おもしろとめづる月夜を垂乳根の母をいたみて泣くか長夜を
秋の夜のなが夜のくだち眞痛みに泣きけむ母をもりがてにけむ
あやまちを再びそこにあらせじと幣はもおくか駒の足《あ》の趾《と》に
雜咏十六首
しろたへの衣手寒き秋雨に庭の木犀香に聞え來も
秋の田のわせ刈るあとの稻莖に煩しくのこるおもだかの花
とき待ちて穗にたちそめしおくて田の花さくなべにわさ田刈り干す
秋の日の日和よろこび打つ畑のくまみにさける唐藍の花
我門の茶の木に這へる野老蔓《ところづら》秋かたまけていろづきにけり
さら/\に梢散りくる垣内にはうども茗荷もいろづきにけり
なぐはしき嫁菜の花はみちのへの茨がなかによろぼひにさく
うねなみに作れる菊はおしなべて下葉枯れゝどいまさかりなり
小春日の庭に竹ゆひ稻かけて見えずなりたる山茶花の花
鋏刀《はさみ》持つ庭作り人きりそけて乏しくさける山茶花の花
こぼれ藁こぼれし庭のあさ霜にはらゝに散れる山茶花の花
つゆしもの末枯草の淺茅生に交りてさける紅蓼の花
冷やけく茶の木の花にはれわたる空のそくへに見ゆる秋山
馬塞垣に繩もて括る山吹のもみづる見れば春日おもほゆ
筑波嶺ははれわたり見ゆ丘の邊の唐人草の枯れたつがうへに
鬼怒川をあさ越えくれば桑の葉に降りおける霜の露にしたゞる
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佛の山を過ぎてよめる歌并短歌
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佛の山は常毛二州に跨る、阪路險悪、近時僅に車馬を通ず、往昔の世山麓に浪士あり、四郎左衞門と稱す、人を殺し財を掠むること算なし、一女あり母を失ふ、四郎左愛撫措かず、女長じて容姿温雅、擧止節有り、竊かに父の爲す所を憂ひ、しばしば泣いて諫むれども聽かず、一日秋雨蕭々黄昏に至りてやまず、女乃ち決然として起ちて裝を旅客に變じて過ぐ、四郎左悟らず、遙かに射て之を斃す、其走つて嚢中を檢せんとするに及びて哀痛悲慟禁ずること能はず、剃髪して佛門に歸し、あまねく海内の名刹を周遊し、還りて石佛を路傍に建つ、大さ丈許、今に在せり、後四郎左天命を全うして佛の山に歿す、而して涙痕つひに乾くに至らざりきと云ふ
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よねをしね石田刈り干す、片庭の山裾村ゆ、下つ毛にこゆるみ坂の、たむけぢの佛の山に、去にし邊にありけることゝ、耳たえず我聞くことの、麓べに住みける人の、弓箭もち日にけに行けど、ほろゝ啼く雉子も射ず、萱わくる猪も射ずして、人くやと潛めるみちに、ちちのみの父が待つ子も、柞葉の母が待つ子も、たひらけく命全けく、こえ果つることもあらぬを、藁蓆しけこき小屋に、橿の實の獨りもり居る、處女子の藍染衣の、染糸のさめはつるまでに、うち嘆き訴へいへども、返り見る心もあらねば、眞悲しみ思ひ定めて、世の人のなげかふことを、我だにも死にてありせば、留む可きこともあらむと、父が行く佛の山を、草枕旅行く如く、たどり行き臥《こ》やせる時に、盜人に在りける父や、黄金にも玉にもまして、惜みける己が眞名子を、かゝらむと思ひもかけねば、叫びをらび心も空に、負征矢の碎るまでに、櫨弓の弦たつまでに、掻きなげく思ひつのりに、後つひに心おこして、建てにける佛の石の、朽ち果てぬためしの如く、うつそみのいまの世にして、この山を過ぎ行く人の、うれたみと聞きつぎゆけば、天地のながく久しく、かたり竭きめやも、
短歌
劔太刀しが心より痛矢串おのが眞名子の胸に立てつる
底本:「長塚節名作選 三」春陽堂書店
1987(昭和62)年8月20日発行
※「顔」と「顏」、「騒」と「騷」の混在は底本通りにしました。
入力:町野修三
校正:浜野智
1999年5月19日公開
2009年9月19日修正
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