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いせの海をふきこす秋の初風は伊良胡が崎の松の樹を吹く

しほさゐの伊良胡が崎の萱《わすれ》草なみのしぶきにぬれつゝぞさく

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十七日、駿河の磯邊をゆきくらして江尻までたどり行かむとてよめる
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清見潟三保のよけくを波ごしに見つゝを行かむ日のくれぬとに

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十八日、箱根の山をわたりてよめる
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箱根路を汗もしとゞに越えくれば肌冷かに雲とびわたる

    まつがさ集(四)

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西のみやこを見にまかりてまる山といふところにいきけり、芋棒となむいふいへに入りてひるげしたゝむる程に、あとよりきたる女どもの、さかり傾ぶきしよはひにも有らねば、はでやかなるさまに粧ひけるが、隣の間へいりたるを、暑き日のさかりとて隔ての葭戸は明け放ちたるまゝなりければ、京の女といふもの珍らしく思ひて見る程、怪しくも帶解きやり帷子なりけるが片へに脱ぎ捨てゝゆもじばかりになりてぞ酒汲みはじめける、はしたなき女どもの振舞かなと、興さめ果てゝむな苦しくぞおぼえしや、只管によき衣の汗ばみて汚れなむことを恐れけるとかや、後になりてぞ聞き侍りし
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からたちの荊棘《いばら》がもとにぬぎ掛くる蛇の衣にありといはなくに

篠のめをさわたる蛇の衣ならばぬぎて捨てむにまたも着めやも

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比叡の山のいたゞきなる四明が嶽にのぼりて雨にあひ、草の茂りたる中を衣手しとゞに沾れて八瀬の里へ下らむと、祖師堂のほとりに出づ、杉深くたちこめたる谷をうしろに白木槿のやうなる花のさきたる樹あり、沙羅雙樹といふといふ、耳には馴れたれども目にはいまはじめてなり、まして花のさかりなれば珍らしきこと極りなし、暑さを冒してきたりけるしるしもこそありけれとてよみける
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比叡の嶺を雨過ぎしかばうるほへる杉生がもとの沙羅雙樹の花

杉の樹のしみたつ比叡のたをり路に白くさきたる沙羅雙樹の花

比叡の嶺にはじめて見たる沙羅の花木槿に似たる沙羅雙樹の花

暑き日を萱別けなづみ此叡の嶺にこしくもしるく沙羅の花見つ

倭には山はあれども三佛の沙羅の花さく比叡山我は

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八月四日、法隆寺を見に行く、田のほとりに、あらたに梨をう
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