が所狹く湛へて居る。手を入れて見ると大垣の水よりも更に冽々として居る。柘植氏は稍得意である。其水の近くに一つの庵室がある。素心庵とかいふので白い衣の尼さんが居る。柘植氏はそこへ腰を掛ける。尼はもういゝ年のやうである。それしやの果であるとかでそれが此所に閑寂の生涯を營んで客に一杯の茶を鬻いて居るのだといつた。庵室の傍には小さい窯がある。尼は手すさびに陶器をも作るのだ相だ。それから又小さな長い紙袋へ入れたものを少しばかり商つて居る。それは葛粉で養老の葛は名物だといつた。そこを立つて道は狹い所を過ぎる。左はすぐに溪で既に散りはじめた櫻の薄紅葉が溪に※[#「くさかんむり/(さんずい+位)」、第3水準1−91−13]んで其狹い道を掩うて連つて居る。其櫻の薄紅葉の行き止りに養老の瀧は白く懸つて居るのである。そこのあたりも右は瀧につづいた峭壁で左は溪で狹い所である。其峭壁のもとにはさつきの尼が出しておくといふ小さな四阿の店があつてそこに一人廿ばかりの女が居る。柘植氏は其四阿へ衣物を脱ぐ。余もそこへ衣物をぬぐ。女は少し隔たつた小さな板圍の建物から白の短い肌衣のやうなものを二枚持つて來てくれる。瀧に打た
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