黄粉餅を三つ刺した串が一串置いてある。此が大寺餅といふのかと聞くと今日はもう一串に成つてしまつたといつて女房の語る所に依れば、堺の町の大寺といふ寺の境内にある餅屋から此餅は卸すので、遠く和歌山の方までも卸しをする餅である。いつでも四五人位で米を搗いて居る。此の土用の何の日とかには一日に廿三石何斗とかいふ餅を搗き出した。それで搗く側からさつさと小商人へ捌けてしまふ。先づ日本一の餅屋だらうといふのであつた。余は此を聞いて是非共其の餅屋が見たいと思つたので其店先の一串をたべて堺の町へもどつた。大阪へ歸る筈のを停車場へは行かずに町をぶら/\と歩いた。一人の車夫が案内をしながらどうとかいつたので遂うつかり乘せられた。車夫は威勢よく馳せる。やがて大和川のほとりへ出て人家は盡きた。大和川の土手には緑樹が茂つて其蔭に牛が繋いである。余は大寺餅といふのはどこかといつたらそれは堺の町でもう遙かに後になつてしまつたと橋の上に車を止めて後を向きながら車夫はいつた。

         二

 秋雨がしと/\と朝から降りつゞいて居る。能褒野へ行くのは此でよいかと道で逢うた百姓に聞いたらあれに見える土手が鈴鹿川で
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