きおくる凉風がさわ/\と其芒の穗を吹き靡ける。芒の穗は靡いては起きあがり/\吹かれて居る。余は其のあたりに※[#「彳+(氏/一)」、第3水準1−84−31」]徊して居ると青草の茂つた南の山陵の蔭から白い笠の百姓の女らしいのが七八人連れ立つて余の立つて居る方へ近づく。能く見ると女は皆爪折笠である。白い手拭をだらりと長く冠つて其上から笠の紐を結んで居る。衣物は皆紺の筒袖である。さうして孰れも卷いた蓙を左に抱へて居る。女共は山陵の濠のほとりを傳つて行く。濠は非常に長いので其ほとりを行く女共はだん/\小さくなる。余は其風情ある後姿を見おくりながらかういふ閑寂の境地に豆や稗を作つて居る百姓は幸であると思つた。山陵のある所から少し離れて坂がある。そこに一軒穢げな藁家の茶店がある。一簇の芒の穗がそこにも靡いて居る。あたりのさまと相俟つて此の茶店も余が心を惹いた。汲んでくれた茶を啜つて女房と噺をする。女房は山陵のあるあたりは百舌鳥の耳原ではなくて舳の松といふ村だと打ち消すやうにいつた。女房は現在のことより外は知らぬのである。店先には小さな薄板に下手なしかも大きな字で大寺餅ありと書いてある。皿には三角な
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