あつた。境遇から彼は年齡よりもふけて見えた。客氣に驅られた彼は其間少なからず其心を苛立てた。彼の一家は以前から衰頽に傾いて居た。此の家運を挽回しようといふ希望は常に彼の心を往來して居た。廿四といふ今漸く彼を信じてくれる人が出來て或事情から閉店した洋物店を見つけてくれた。それは彼の老いたる父の世話に成つたことがあつて現に相應の地位にある人なので、舊恩に報ずる厚意であつた。資金の一部も其人の手を煩はしたので、加之後見までもしてくれるといふのである。彼は踴躍した。洋物は全く彼には無經驗であるが彼はそんなことを顧慮する暇さへ無かつた。それから彼の奉公したのは大きな小賣酒屋であつたので經驗のある酒醤油も併せてやることにした。一つには比較的大きな店に十分の洋物を仕込むのは資本の不足をも告げたのである。店の飾り方とか店を維持して行く方法とかよりも此を土臺に家運を挽囘しようといふのが彼の總べてを支配して居る。それでも譬へば老人に對したら女に對したらといふ客の待遇方法といふ樣な小さなことにも彼は頭を惱す。さうしては唯もう客にはお世辭をよくするまでのことだといふ簡單なことに考は何時も歸着してしまふのである
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