あだ砂利がのめらねえかんね」
馭者はズツクの外から口を出す。
「私だつて隨分辛らいんですよ」
此度は女がいつた。
「そんならいつそのことみんなの膝の上へ横に成つたらどうですね、私らあ手の平へでも何でも乘せて置きますぜ」
「其方がお互に樂だね」
電信工夫は口々にいふ。
「横に成つたら頭の處は私の膝へ持つて來てくれなくちや厭ですね」
一番鼻の工夫がいつた。
「さうすると私等は脚の番ですね、こりやちつと割負がしますね」
女の隣の小商人らしいのまでが遂相槌打つて乘り出した。車中は俄にどつと笑つた。女も一緒に笑つた。さうしてすぐ平氣になつて袂から敷島を出して燐寸を五六本無駄にして吸ひはじめた。
女と相對して襟卷へ深く顎を沒して居た彼は左の手を膝の荷物に掛けて右の手を黒羅紗の前垂の下へ差し込んで凝然として居る。彼は水戸の或通りへ近く洋物店を開く計畫を成就した。其傍酒と醤油を商ふことに極めた。彼は今廿四歳の青年である。暫く奉公をして年季の明けたのは廿二の暮であつた。それからは年の若いのと運が向かないのとで家へ歸つた儘そここゝと彷徨つて別に目に立つことも無くて過ぎた。然し二年間の境遇は悲慘で
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