まくつて客の方へ顏を半ば表はしていつた。ズツクは寒さを防ぐ爲に三方へ垂れて馬車の中を薄闇くして居る。後だけは括つた儘である。
「あなたこつちへ臀を持つて來て……さうです、さうすればいくらでも掛りますから」
 馭者は臺の右の端へ臀を据ゑて居る。其左の空席へ掛けて斜に一番鼻の客を掛けさせた。四人の客は懶相に身體を動かす。女は漸くのことで乘り込んだ。
「どうも皆さんお氣の毒さま」
 いひながら二三度顏をしがめて据らぬ臀を動かした。さうして左の袂を引つこぬく樣にして膝へ持つて來た。女はそれから頭巾をとつて車臺の外へ出して埃をぱさ/\と叩いて復たかぶつた。口が稍弓なりに上へ反つて顎のがつしりとした勝氣らしい顏である。少し雀斑《そばかす》はあるが色白な一寸人目を惹く。端の明るい處に掛けてるので小豆色の頭巾姿が引つ立つて見えた。それに人を人臭いとも思はぬげな態度は殊に車中の注目を値した。八人乘へ九人も詰め込まれたのだけれど客には若者が多いので女といふことが却て一同に興味を起させた。馭者はぴしりと一鞭當てた。馬車が急にぐらりと搖れる。
「おゝ怖い」
 態とらしく女はいつた。其途端に女の小さな荷物が馬車
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