出ますよ」
ぱか/\と蹄の音をさせてる馬をぐつと引き締めながら催し立てる。然し彼はちつとも慌てなかつた。彼の容子を見ると心に何か蟠りがあるやうでもあるが其活々した底力のある容貌は決して愁あるものではないといふことを知らしめる。八人乘の馬車にはもう客が七人詰つて居る。彼はやつと身を割り込んだ。さうして手荷物を膝に載せて白い毛糸の襟卷を捲き直して鳥打帽を少し前へ引いた。馭者は舌を上へ捲いてキツ/\キと口の中で妙な聲をさせて革の手綱を緩めると馬は首を前へのめす樣にして蹄を立てゝ二足三足と重相に歩き出した。其時小豆色の頭巾をかぶつた若い女が小さな荷物を手に提げて安物の塗下駄をぽか/\と叩き付けながら
「乘せておくれよ」
と駈けて來た。馭者は
「もう一杯ですよ」
「何だね人を、知らない振して」
女は意外にも叱り付けるやうにいつた
「いゝから別嬪なら乘せてやれえ」
乘客の一人がいつた。
「お客さん方それぢやどうぞもつとこつちへお詰めなすつて、もう一人乘るんですからね、そつち側の方です、ええこつちは私が乘つてますからこつちへ乘ると片荷に成つて車の運びが惡くていけませんからね」
馭者はズツクを
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