降りた。頭はまたすぐに商賣のことが一杯に成つて自分の家へ志した。破れた垣根を見た時には彼は兩眼に涙を催した。さうして一層其心を興奮させた。
強い西風は夕の空を一杯に染めて止んでしまつた。彼は夜深まで靜かな室内に火鉢を擁して老いたる父母の爲に概況を語つた。彼の母は前途を危ぶんでこま/″\と注意を與へた。うつかり呑口をもとからひつこ拔いて酒でもこぼさない樣にといふことまでいつて父と彼とを笑はせた。彼は噺の序に異樣に彼の記憶に殘つた馬車中の女のことを語つた。彼の父は其一端を聞いて想像が出來た。狹い町には此の女の評判は行き渡つて居たのである。その女は町の者で非常なあばずれである。一旦婿をとつたが到頭いやだ/\で通してしまつた。女の家の財産と一皮むけた女の縹緻とは婿の心を強く牽いたのであるが女の我儘には父と雖手がつけられないで遂に離縁といふことに成つてしまつた。女の父は婿の去つた時家の金箱を失つたといつて嘆息した。そんな風で後に東京へ飛び出して勝手に電話の交換局かなどへはひつて遂に有勝な男との失策をして病氣に成つて家へ歸つて來た。療治をして居る間は青褪めた顏をして有繋に悄れ切つて居た。さうする
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