と父も可哀想に成つて本氣に勵まして醫者に通はせた。二ヶ月計で頬には段々紅がさして來てまた以前の身體に成つた。さうすると何時の間にか化粧の仕方を氣にするやうに成つて隣づかりで居た小學校の教員と怪しい仲になつた。それから到頭一緒に遁げて教員の出た水戸の地へ落ちついたのである。父の家業が穀屋であるので此度は辛棒出來るからと父へ泣きついて幾らかの資本を貢いでもらつて小さながらも水戸で穀屋の店を開いて居る。教員といふのは猫のやうな男なのに女は反對の勝氣な性質ではあるし自分が資本を拵へたといふので世帶のことは一切女の切り盛りであるとかいふのであつた。彼は合點が行つた。それと同時に自分が此度開業したら直ぐ手拭の一本も持つて行つて醤油の一樽も買はしてやらなければならぬとかういふ考がふと胸に浮んだ。さうして其瞬間に今まで動搖して居た心が楔子を打ち込んだやうにきつとした。斧の刄から飛ぶ木材の一片が地上に落ちて居たとて何人の注意をも惹かないであらう。然しながら其一片と雖此を楔子に削る時大厦の柱をも堅固にすることが出來る。今彼の胸に浮んだ考は餘りに普通でさうして又餘りに陳腐であつた。けれどもそれが彼の現在に於
前へ 次へ
全13ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング