暫くは目うつりがするやうに落付かない、
この日名古屋の欣人から鵜川とゞく、瀟洒なる雜誌である、左千夫からの話に根岸趣味の歌の雜誌だと聞いたやうであつたが、俳七、歌三といふ割合のやうだ、
この日父水戸へ行く、
路上に捨てたるもの猫柳の枝、
垣の内の蕪菜薹立つこと二尺、花かすかに見ゆ、
朝飯、汁と鮒の甘露煮、
晝飯、卵のふわ/\、
夜、むし比良目の味噌漬と鮒の甘露煮、汁、
牛乳二合、
日記かき終る時九時、
妹は針仕事、茶の間では笑ひ話し、
納屋では箱篩の音とん/\、
四日、水曜、春雨がちら/\と降つては止み、さら/\と降つてはやむ、寒し、
下男が雨戸をあけるので目が醒めた、いつもよりはずつとはやい、夜着の中へ頭を引込んだり出したり暫くもぢ/\する、はたきの音が茶の間に聞える、七時を打つ、三十分は進んで居ると思つた、
九時過ぎ郵便が來た、蕨から先生の遺稿三號自分へ、笠間の叔父から封書一通、門井に居る叔父から封書一通、共に父へあて、妹の婚姻に就て心付けであるさうだ、
先生の遺稿を披いて見る、自分は四人目である、
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月照らす梅の木の間に佇めば我が衣手の上に影あり
初春の朧月夜をなつかしみ折らむとしたる道の邊の梅
鳥玉の闇に梅が香聞え來て躬恒が歌に似たる春の夜
砥部燒の乳の色なす花瓶に梅と椿と共に活けたり
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などいふ歌を一人もとつてない、不平、
今週の婦女新聞を見る、「こども」欄はいつでも面白い、
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長野
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雪景色の形容 さだ子
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此間朝日山の雪景色を眺めまして私が白粉を塗つたやうであると申しましたら不二男(五歳)は『お米を撒いたやうだ』と申しました、
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といふのがある、理屈[#「理屈」に「ママ」の注記]もなければ罪もない、
正午少し過ぎ新聞來る、茨城縣の投票結果、縣參事員をして居て月三囘も旅費を詐取して居た大久保不二が最高點で當選、正廉の士であるので父が肩を入れて運動してやつた初見八郎が落選、意外も意外だが忌々しいもいま/\しい、
帶戸一枚隔てた表の座敷では妹が針仕事に忙しい、分家のおきよさんが手傳ひをして居る、村の内からお針子が二人、おせいとおふく、話が賑かなのでなんのことかと聞いて見たら、去年の春この二人がお針をして居るうちに近村の祭へ行きたくなつて、お白粉をべた/\となすつておふくが妹の羽織を借りて行つた所が途中で土掘りをして居た若い衆が借着をして來たといつては笑つて踊つたり跳ねたりしたことがあつたといふのをおせいが考へ出しては堪らなくなつて笑ふのである、おふくがひとりで默つてゐる、
表では垣根を結ふのでがら/\音がする、そこへ立ち淀んで話をして居るものがあるので出て行つて見ると、卵屋が荷を卸して居るので、一寸天秤を擔いて[#「て」に「ママ」の注記]見た、荷がふら/\するので腰を屈めなくては歩行かれない、針仕事の一座が可笑しいと言つて大笑をした、
おせいが話のうちに私は坐つて居ると膝かぶらが痛くなるのが好きでといふたとかで大笑ひをした、
夜、茶の間で婦女新聞の小[#「小」に「ママ」の注記]供の話をすると、おきよさんが、縁者の家の小供が同じ縁者の家へ行つて六十以上のお婆アさんにお婆アさんは男か女かと聞いたので男だよといつたら、男なら眼鏡を見せろといつたと話をする、
近所の清兵衛老爺、また落ちて來ましたといつて來た、毎晩來る老爺である、
欣人へ手紙したたむ、麓へ春雨五首をおくる、
墨を磨らうとしたらば、墨がぽつりと中から折れて指の尖が少しよごれた、
門の茶の木の下に韮二寸ばかり延び出す、
枯芝に青味を帶ぶ、
燒卵、生卵、菜汁、海苔、牛乳、
五日、木曜、晴、はなはだ暖し、
朝の内に椚眞木の受取渡しをして來いと母から命ぜられたが用があるからと云つて行かぬ、
正午に近く高野の叔父來る、茨城縣では比肩すべきものゝ[#「ゝ」に「ママ」の注記]蠶業家である、奥州、四國、九州から傳習生が毎年來るといふことである、雜談、
共進會や博覽會などは農業に左程利益のあるものではない、
繭などの出品であつても一ケ所で精養したものを讓り受けて出品するものがいくらもある、
その方法は飼手が出品するだけを選擇して、その跡を更に選擇したものが一升いくら、その次がいくら、その次がいくらといふ賣買で成立つて居る、信州あたりではこれが非常におほい、
米や大豆であつても陰干にしたものを一粒つゝ指で剥いて決してすり臼にかけるやうなことはしない、
しかし近來出品の量を増されためその弊が少なくなつた、
八王子の共進會で自分等審査した時もひどいの
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