に見えた。からり/\といふ輕い響と共に花簪が移り行く。さうしてすぐに廂に隱れてしまつた。其時衣物のだんだらであるのがちらりと目に着いた。河井さんは太夫の下駄はこんなに大きなのだと手で形を造つた。此の位はありますと仲居のおせいさんも手で形を造つて見せた。太夫が客の前へ坐つて裲襠をすつと脱ぐ處は風情のあるものだと河井さんはいつた。それから先刻の太夫のはあれは略裝だといつた。春の夜はまだふけなかつた。然し其夜はそれで歸つて來た。おせいさんが余の荷物を持つてくれた。車は二臺であつた。下駄が爪先を揃へてある。荷物を蹴込へ入れた時はじめて荷物が自分へ返つたやうな心持がした。車は又闇夜を走つた。余は今夜の家が揚屋といふものであつたことや夜の淺いにも拘らず土地柄にも似合はずしんとして居たことの不審なことや、ちらりと見た二人の遊女のことや思ひ挂けなかつたことを心に描きながら闇夜の間を運ばれた。二條の城であらうと思はれる白壁が見えて軈て車は何處も同じ樣な町の或軒下へ着いた。

      三

 翌日河井さんは余の爲めに車をとつて呉れた。自分は河内國から來る商人を待合せる約束なので遺憾ながら行けないといふ
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