二

 車は更にぐる/\と廻り/\行くやうであつた。暫くするうちに容子の變つた處へ出たやうに思はれた。それでそこもひつそりとして居た。河井さんが一寸車夫に掛聲をすると車は少し威勢が出た。さうして轍ががら/\と敷石を軋つたと思つたら直ぐに輓棒がおろされた。玄關へ上る。余は車夫が出して呉れた風呂敷包と洋傘とを手にした儘立つた。一人の婆さんが出て河井さんと何かいうた。河井さんは直ぐに左手の大きな間へはひる。余も後からはひる。荷物を入口へ置いて中腰に坐つた。其處はがらんとした大きな部屋である。一帶に煤びて居る。明りがきら/\と光るにも拘らずぼんやりとして居る程煤びた大きな部屋である。向うの隅の方には菰かぶりの酒樽が立てならべてある。中央でさうして一方の壁に近く非常に太い柱がある。余はすぐに其柱の蔭に派手な衣物のなまめかしい女が一人坐つて居るのを見た。河井さんは太夫を見たことは無いかといつた。余はないといふと河井さんはつと立つて其女の手を執つた。女は片手を執られた儘時儀をするやうにしとやかに前へ屈んだ。幾ら手を曳いても立たうとしない。柱の蔭に成つて居た髮が前へ屈む度にともし灯の光に觸れる。さ
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