て居ない。坐つた儘見ると太夫は帶から上だけが勾欄の上に出て居る。八文字を踏む毎に、しつかと姿勢を保つた體がゆらりと搖れる。余は勾欄から見るのは丁度山車の人形が車の軋るにつれてゆらぎながら進んで行くやうなものだと思つた。行き過ぎた禿の背には赤地に黒の笹縁をとつた小判形の前垂のやうなものが一杯にさげてある。それには太夫の名が金糸で二重文字に繍つてある。禿が後姿を見せると太夫がゆつたりと現れるのである。一人の太夫を見送つて暫く過ぎると又以前の如き禿が出て太夫が山車の人形の如く我が眼前に勾欄の上を過ぎて行く。一定の間隔をとつて人形の如き太夫は過ぎて又過ぎる。姿勢はどれも同一である。唯髮の結ひやうが違つてきら/\と花簪を一杯に飾つたのがある。化粧は皆胡粉の盛り上げのやうである。余は仲居のおゑんさんの化粧を巧と感服したのであつたが太夫に比しては光を失はねばならぬ。あの支度では體が小さいと支度に負けていかぬ、顏が小さいとあの髮に負けて薩張り引立たぬといふやうなことを余の傍の手代らしい二人が囁いて居る。余は之を聞いてさうかと心に思つた。見物人は皆太夫の姿に見惚れる。向うの埒の内に立つて居る主婦さんは一
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