の法被を着た老人が後から長柄の傘をさし挂けて居る。傘には太夫の定紋が大きく描かれてある。傘の下には極端に裝飾された太夫の首が造り付けられた樣に前面を正視して居る。思ひ切つて大きく結うた髮には鼈甲の大きな簪が十七本、下へ向け上へ向け左右から刺されてある。丁度熊手のやうであるといへばそれが却て適當した形容であるかも知れぬ。厚化粧は盛り上げの如くである。目は威嚴を保たうとする如く寸毫も他に轉ぜぬ。此も懷手をした左の手が肘を張つて居ると見えて左の袂が突つ張つて居る。右の手は結んだ帶の下へ隱してある。裾はきりつと吊り上げてある。裾からは赤い長襦袢が踵を覆うて垂れて居る。余は立膝をして太夫の足もとを見た。太夫は長襦袢の裾から墨塗の大きな下駄を蹴出す。からりと外から大きく地をすつて立てた足の爪先へ斜に据ゑる。暫く過ぎて眞直に向け直す。又暫く間を置いて別の足を蹴出す。八文字を踏むといふのは此だと余は心に合點した。下駄は二個所斜に鋸を入れてあるので丁度三枚の齒があるやうに見える。手絡にするやうな赤い切の緒で、そこに小さな白い足が乘せてある。蹴出す度に赤い裾から白い足の爪先が三四寸見える。足には足袋を穿い
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