。それでも向うの埒の内の見物人は極めておとなしく立つて居る。其なかに年増の主婦さんらしいのが一人居る。最初から極めてつゝましく立つて居る。室内の騷々しさをすぐ眼前に見て微笑することも無くつゝましくして居たのである。尤も此の主婦さんの身にとつたならば埒の内に立ち盡して居ることが多勢の前に曝されて居るやうな心持であるかも知れぬ。余は其つゝましい主婦さんと、其頭の上に縺れて居る柳の枝とを見守つた。余が坐に就いてから時計を見ると三時間も過ぎ去つた。三度目の拍子木が近く響いた。もうすぐだと手代らしいのが囁いた。表の勾欄の左の端にすつと人物が現れた。此の廓の藝子といふのが七八人、紅白の綱で、造花の山のやうに盛つた花籠の車を曳いて來たのである。極めて徐ろに足を運ぶ。花籠は表の勾欄の上を微動しながら過ぎて行く。此が先驅であつた。間が暫く途切れる。勾欄の外れへ小さな禿が二人ならんで現れた。態とらしい化粧と懷手をして左の肘を張つて足もと危く然かも勿體らしく歩を運ぶ處とは滑稽で又可憐である。禿が座敷の前へ來ると、勾欄の端に太夫の姿が現れた。前で結んで兩方へ張つた錦襴の大きな帶と、刺繍の裲襠とが目を射る。萠黄
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