に何か頭へ障つたことを感じた。見るとずつと後に居る印半纏の男が竹の短い竿を二本繼いで其先へ白い手拭をつけて人の頭をそつちこつちと撫でるのであつた。一時はそれでも落付いた。さうして又立つた。ぼく/\と頭へ當るものがある。驚いて見ると隣に居た男がひよつと頭を引つ込ませて此も不思議相に後を見る所であつた。風呂場の掃除をするタワシでもあらうか、竹の先へ棕櫚の毛を束ねたのを以て以前の印半纏の男が立つてる人々の頭を端から端へと叩くのであつた。拍子木の音が遠くやがて近く往來から響いて來た。室内が靜まつた。余の肩へそつと觸れるものがあるので見ると、仲居のおゑんさんが折つた紙を渡さうとするのであつた。おゑんさんは愛嬌作つて會釋しながら人を分け/\出て行つた。何かと思つて開いて見ると薄墨の木版刷で太夫の名が連ねられてある。上下二段である。余の側の手代らしい男が覗き込んで上の段だけが道中に出るのだといつた。拍子木が復た遠くから近くへ響いて來た。客は更にひつそりと成つた。空は曇つて南風は愈吹き募る。冷然として居るアーク燈の白いホヤを、しどろに亂れかゝる柳の枝が長い手で時々抱かうとして居る。客は皆退屈相に成つた
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