ねた。昨夜の婆さんがごた/\と忙しいなかを低い聲でおゑんどん/\と呼んで行つた。少時立つた儘待つて居ると婆さんは余を一室へ導いた。室の外まで行くとおゑんさんは急ぎ足で出て來た。濃い紅をした口に帶止を銜へて兩手を後へ廻して居る。一寸會釋をして帶を締め畢つた。それから帶止をぱちんと合せた。おゑんさんは地味な焦茶色の衣物である。能く見ると胸には仄かに白い紋が二つ浮んで居る。おゑんさんの白粉は極めてよく施されてある。其巧な化粧はおゑんさんを一層美しくした。おゑんさんは一寸其所を外したと思つたら、小さな盆へお茶を持つて來た。十枚ばかりの煎餠が添へられてある。余は茶を一杯啜つて何處か見物するのに善い處はないかと聞くとおゑんさんは思ひ立つたやうに余を表の大廣間へ案内した。そこには人がもう大分詰つて居る。おゑんさんは何處でもそこらに居て呉れといつて只あたふたとして居る。さうしてほんまに辛氣臭うおまつせといひ捨てゝ去つた。見物の人は余の前に四側ばかり席に就いて居る。余は暫時暇取つて居るうちに人に席をとられて畢つたのである。後から/\と席が塞つた。大廣間の後に立てられた金屏風も取拂はれた。表には丁度肘を凭
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