さびしかつた。仁和寺の掛茶屋に客を呼ぶ婆さんの白い手拭も佗びしさを添へた。明日は道中のあるといふ日の夕方である。余は市中で桐油と麻繩とを買つてもどつて來た。さうして障子のもとで獨り荷造をした。外套や其の他の不用に成つたものを小包にして故郷へ送る爲めである。黄色な包が結び畢つた時一寸心持が晴々した。さうして暫く立てた膝へ兩手を組んだ儘徒然として狹い室内を見渡した。余の部屋は二階の一間で兩方から汚い唐紙で隔てられてある。飾といつては何もない。隣室はどちらも商人が泊つて居る。折々は帳合するのも聞えるが、商人は能く用達しに出掛けると見えて大抵はひつそりとして居る。今もひつそりである。火鉢の藥鑵が僅に夕方の寂寞の中へ滅入る樣に鳴り出した。ランプが點された。筍と蒲鉾の晩餐も出た。低廉な宿料に當て箝めて料理屋から仕出をとるのだといつて此宿の惣菜はいつもかうと極り切つて居る。軈て夜具も運ばれた。余は例の如くランプを持つて火鉢と一つに窓の障子のもとへ居を移す。夜具は室内を占領して畢つた。疎末な夜具の上には友禪の掛蒲團が一枚載せてある。此の一枚の蒲團が宿の余に對する特別の待遇である。余は障子に倚りかゝつて
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