うしてきら/\と白く光る。一杯に花簪を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]して居たのである。簪はひら/\と搖れながらきら/\と光る。能く見ると女の衣物は赤と青との思ひ切つた大きなだんだらの絞りである。さうして臀から包んだ扱帶の端がふさ/\と餘してある。河井さんが立つてこちらへ戻つた時、女は扱帶と袂とを膝へ乘せてもとの如く柱の蔭にしやんとして畢つた。余は女が太夫であることを悟つた。それと共に余は遊女といふものゝ女らしいしとやかさを意外に感じた。暫くして二階へ案内された。先刻の婆さんが余の荷物と洋傘とを持つて踉いて來る。大廣間である。表の窓の障子に近く燭臺が二つ置かれて蝋燭がともされてある。手焙が一つ傍にある。燭臺も手焙も古い朱塗である。婆さんは余の荷物を部屋に相應した其大きな違棚へ乘せた。蝙蝠傘も棚へ立て挂けた。汚い風呂敷包の荷物が不調和に感ぜられた。室内はうつすらと煤びて居る。蝋燭の烟が僅に立つて居るのを見ると其烟の爲めに煤けたのに相違ない。それにしても蝋燭がどれ程こゝにともされたことであらうかと驚かれる。河井さんは此所は緞子の間であるといつた。建具には皆緞子が張つてある。さうして此も皆ほんのりと時代を帶びて居る。地味な支度の卅恰好の女が出て挨拶をした。河井さんは此がおゑんさんというて別嬪の仲居だといつた。女は仄かに嫣然として打ち消すやうに輕く手を擧げた。鼻筋の透つたきりゝとした女である。酒が運ばれた。小さな手提げのやうな器が共に運ばれた。女は其器から小皿を出した。河井さんは此の人が明日道中を見物に來るから能く注意してくれと余を紹介した。女はさうどつかというて小皿を出した手を止めもせず、丼のかき餠をさらりと十ばかりづゝ盛つて河井さんと余との前へ置いた。此が肴であるとすると其あつさりしたのに驚かれる。河井さんは一二杯より外は傾けぬ。余も一杯を過す事は出來ない。河井さんは意外に無言の人である。大廣間は只しんとしすぎて居る。其の上周圍のどこにも爪彈の聲だに聞えぬ。拍子拔のやうな心持で居ると、窓のすぐ下でバタ/\と戸板を手の平で叩くやうな音がした。余は耳を峙てた。今太夫が此の家へ來るのだと河井さんがいつた。さうして太夫の長持を舁ぎ込む時にあゝいふ音をさせるのだといつた。どうしてさういふ音がするのか其説明は余には十分には了解されなかつた。余
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