となる。海は極めて靜穩であるが沖へかゝつてからはノタといふ波が大きく搖れるので船が大きくゆらり/\と搖れる。搖られながらうと/\となつて居ると帆綱が絶えずぎり/\つと軋つては白帆がばさ/\とたるむ。醉醒に水は毒だようと舵取の唄ふ追分の聲が耳に響く。突然にもう國境は越したかなと一人の水夫が呶鳴つた。余はむつくり起きて見ると佐渡は驚く許り遠くなつて土手のやうに山が連つて居る。彌彦山は岩の崩れた趾も明かに見えるやうに近よつて居る。米山はまだぼんやりとして南方遙かに遠い。櫓の下で牛がどた/\と騷ぎ出した。水夫が三人同時に覗き込んで際どい聲で怒鳴りつけた。牛はぴつたり靜かになつた。余も櫓から覗いて見ると牛はひし/\と二側につめられて角がぎつしり舷の所で横木に括られてある。此時まで余と枕合になつて居た胡麻鹽頭の博勞がむつくり起きて突然にどうだといふと舵とりの男は佐渡あらしならいゝが南だからどうも駄目だ。出雲崎へ向けて見ても煽られるんだから今日は柏崎は御免だ。出雲崎へつける位なら一層寺泊の方がよからうといふと運賃が十五圓ばかり狂ふがいゝや仕方がねえと胡麻鹽頭のフケを掻き落しながら博勞がいつた。どうや
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