たには彌彦山が皺一つ/\も數へることが出來る程近く見えて其後ろに連亘して居る越後の山々も今日は明かである。余等が歩いて居る小山の裾に迫つて三角形の眞白な帆を掛けた船が一つ徐ろに其紺碧の水を辷つて走る。白帆も日光のさし加減と見えて眩きばかりかゞやく、博勞は明日も日和だといつた。芒の穗を分けながら山をおりる。海が一歩づゝ狹くなつて木立のあなたに全く見えなくなつた時に僅かばかり水田のある所へ出た。博勞は突然あゝ能があるといひながら駈け出した。余は合點が行かなかつたが一所に駈け出した。田に添うて茂つた深い木立に入らうとした時に余の耳に幽かな笛の音が聞えた。木立に入ると大きな寺がある。本堂の廊下には人が一杯になつて見える。沓脱の左右には婆さん達が小さな店を出して通草《あけび》や菓子を並べて置く。平内さん能う來たがもう二番濟んだと其の内の一人の婆さんが博勞を見掛けていつた。アヽさうかと博勞は口癖の大聲を出して俺が赤泊へお客さんを案内して來たといひながら素足の草鞋をとる。余もごた/\と一杯に轉がつて居る下駄の間に足を踏ン込んで草鞋の紐を解く。兩掛の荷物を手に提げて段を昇らうとして見ると立ち塞つた人の
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