た老人が頻りに合掌して其瀧を拜んで居る。余は此老人に大崎はまだ遠いかと聞いたらウン此かこれは御來迎の瀧だといつた。老人は耳が遠いのである。大崎の博勞の家はまだ遠いのかと大きな聲でいつたら老人はにこ/\笑ひながら此から少し先へ行けば大崎になる。牛でも買に來たか、まだ二十にはなるまい、能う來たのうといひ捨てゝ去つた。羽茂川に添うたまゝ街道は狹い峽間になる。路傍に大桶へ箍を打つて居る桶屋があつたので聞いて見ると博勞の家ならば後へ戻つて坂の上の高い所に見えるのがさうだといつた。桶屋のいふまゝに戻つて見ると住み捨てた大きな草家の側に坂がある。坂をのぼり切ると二本の梨の木が兩方からすつと空へ延びて其梨の木には梯子が掛つて居る。梨の青い葉がばら/\と散らばつて居る。博勞は丁度日に近い縁側に足を投げ出して梨を噛つて居る所であつた。余の姿を見ると能う來たのうと例の大口を開いて反齒を剥き出しながら驚いたといつたやうな顏をしていつた。彼と夷の港の宿屋で別れたのは四日前である。別れる時に若し自分の土地へ通りかゝつたならば立ち寄つてくれと彼はいつた。余は屹度と誓つた。彼は其後毎日他出をするのであるからあとへかう
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