自分は非常に驚いた、その調子が一種のせき込んだ恨みを含んだ調子である、家のうちには竈の下にちよろ/\と火が燃えて居るのみで人のけはひもないやうである、
「きさのあま奴が、ねんとし大寶へ行く癖にはやくでもけえればいゝのに、若い衆とでもくれえそべえて居やがるんだんべ、いめえましいあま奴だ、なんにも間に合ひやしねえ、それにかつの餓鬼奴がどこへけつかツてるか、豆腐でも買つてくればいゝのに、寄ツつきやがらねえ、どうしたらよかんべえな
 といふやうなことで、思ひ切つた大きな聲で呶鳴つたのであらうなどゝつまらぬことを考へながら村外れへ出る、五個《ごか》までくれば石下《いしげ》への半分道でこゝからは野路ばかりになる、常に行き馴れた間道なのである、村のなかでは暗かツたのが野らへ出ると明るくなツた、夕燒はもう殆んどあともなくなツて、月の光はいよ/\うつくしくなツた、用水の岸を辿つて行くと水の流はしら/\とひかつて見える、ころ/\ころ/\と蛄螻がしづかな鳴きやうをする、野らは至ツてひろ/″\として隈なき月は更にうつくしさが増すやうである、手近には蕎麥畑が霜の降つたやうに見えて、遙かの先きには筑波山が仄かに見
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