撃劍興行
長塚節
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【テキスト中に現れる記号について】
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(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]してある
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ゆる/\と
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「一刀流神傳無刀流開祖從三位山岡鐵太郎門人」「鹿島神傳直心影流榊原建吉社中東京弘武會員」といふ長々しい肩書のついた田舍廻りの撃劍遣ひの興行があるといふので理髮床や辻々の茶店に至るまでビラが下つた、撃劍の興行といふのが非常に珍らしいのにその中には女の薙刀つかひが居るといふのと、誰でも飛入の立合ができるといふのと、女の薙刀つかひを打負したものには銀側時計を呉れるといふことゝで界隈の評判になつた、興行の日は舊の三月三日で桃の節句をあて込みであつたが、生憎その日の空が怪しかつたので次の日へ日おくりになつた、四日は珍らしい程うらゝかな日であつた、夜の興行ではあるが灯ともし頃からもう客足がついた、場所といふのはつひこの間まで女芝居のあつた莚圍ひの假小屋で芝居の折とやゝ違つて見えるのは、いくたびか雨にうたれた染分の幔幕を以て圍まれて居ることである、パチパチヽヽヽヽといふ賑かな竹刀の音とボウヽヽドンヽヽといふ法螺と太鼓の掛合ひの音とがあからさまに表へ聞えるので假小屋の近邊は何となく活氣を帶びて居る、小屋の中は角力でいへば地稽古といふ格であらう、二組の劍士が頻りに打ち合つて居る、そつちで胴を切られたかと思ふとこつちで面を取られる、まるで滅多打の姿でしばらくの退屈ふせぎには妙劑である、竹刀の打合をして居るのは小屋の中央でそこには鋸屑が一杯しきつめてある、その周りが土間で土間のうしろが棧敷である、棧敷の一方には「飛入勝手次第」と大書した張札が下つてその傍には「飛入劍士席」としてある、見物人がもう殆んど一杯になつて地稽古もだらけて來た頃道具を肩へかけた連中が木戸の方から六七人ゾロゾロと這入つて來たが「飛入劍士席」と張札のある棧敷へ一固りに腰を下した、間もなく拍子木を打つと共に地稽古の劍士は去つて場中は遽にひつそりとしたが、やがて赤革の胴を着けた上に萠黄の筒袖の羽織をはおつた年の若い男が手には軍扇を携へて出たが「これから愈々餘興として紅白旗取勝負といふのを御覽に入れますが、これが終りますれば飛入さんとの三本勝負もありまするし、なほ他にも御座いますれば何卒滿場一致の諸君はゆる/\と御見物の程を願ひます」と切口上をいつて片方の床几に腰をかけた、はじめからの餘興も面白いが滿場一致の諸君も妙である。さうして見物人は茫然としてこの男を見つめて居るのも益々可笑しい、以上がすむと左に面小手を撥[#「撥」に「ママ」の注記]い込んで右に薙刀を拔いた十七八になる女の子が現はれた、目元口元のたしかな色の白い彼れの容姿は頗る見物人の目を惹いた、つゞいて肩を怒らかした若物[#「物」に「ママ」の注記]が竹刀を持つて現はれた、雙方に別れて莚の上に扣へて居る、床几に倚つて居た行司は二つの手桶に※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]してある旗の中から香車とかいた旗を兩方に立てゝ、
「こなた赤方香車の役石井よし女こなた白方……
と名を呼び上げると各々面小手を付ける、面小手を付けると中央に出て三歩位の距離に片膝をついて扣へて居る、行司が、
「勝負は正しい所を三本ッ
と言ひわたすと互に立ち上つて身構をする、薙刀の尖と竹刀の尖とが三四寸相交つて居る、行司が念入に兩方を見比べてさつと軍扇を引くと共に力は兩方の體に充滿する、暫くの間は互に聲を掛け合つたが薙刀が「お面ッと打ち込んだ、薙刀が打ち込むと同時に竹刀は頭上に揚げられたのでこの一撃は空しくなつた、竹刀は薙刀を受けると共に敵の手元に切り込まんとしたのであつたが、薙刀の切つ返しが瞬く間に右の脛を襲つたので、その暇もなく一尺ばかり飛び上つた、薙刀は再び效を奏しなかつたが敵の姿勢を立てなをさぬうちに逆に左の脛を切つ返したので、バキッといふ音がしたかと思ふと薙刀つかひは「お脛といひながら突つ立つた、「低いぞ/\なんだそんな所ぢや駄目だと竹刀の方は承知しない、「いゝとこですよ、あれよりいゝとこは有りませんよと薙刀つかひの爭ひかたは非常にやさしいのである、「さうだとも充分いつてらァ、くず/\云ふない女に負けた癖にと薙刀つかひの出た側のぢき埒の外に扣へて居た見物の一人が叫んだ、行司はしばらく微笑を含んで伏目になつて考へてるやうであつた、
「見物のお方も勝負があつたといふしパキッと云ふ音があんまりいゝ音でしたから仕方がありますまい、それでは二本目ッ
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