二本目になつた時は竹刀の方の働きは一層目立つたやうに見られた、切り込むのはいつも薙刀で「お突きッお小手お脛ときびしく攻めつけるのであるが、竹刀も中々力めたもので薙刀が大分攻めあぐんだ、十七八の娘ではさう息のつゞくものでない、疲れたさまが稍見えてきた手元に奮撃して來た竹刀を受け損じて、ポカンといふ響と共にお面を取られた、やさしい薙刀つかひは不服を言はなかつた、三本目は決戰であるので念入に立ち合つた、さうして打込んだり切つ返したり疲れた薙刀つかひの働きは目ざましい、竹刀は再び手元へつけ入つて「お面ッと大喝して打ち下したが、こんどは薙刀の柄でパチリと受け留めたかと思ふとはなれ際に外から脛を掻つ拂つたのが充分であつたので、相手の竹刀は不服を唱へる餘地もなく「女に負けたつて口惜しくはないがなどゝ捨臺詞で引込んだ、相手は薙刀つかひのために起つた、薙刀つかひの疲は肩で息をするまでに明に見られるのであるが、更に立ち替つて出る相手に向ふため片膝をついたまゝ扣へて居る、白方の旗は桂馬と記したのに立て替へられた、「桂馬の役なにがしと呼び上げられたのが同じく竹刀の若物[#「物」に「ママ」の注記]である、またも三本勝負であつたが疲れた薙刀つかひはもう駄目であらうと思つたのが誤で、さすがは日々の稽古のためであらう、その鉾尖はたしかである、竹刀のために惱まされることは甚だしかつたが、しかし竹刀も決して打ち据ゑることが出來ずしばらく亂戰のさまであつたが「平では切れないぞ、それでは柄だぞ柄では切れないぞと、竹刀が叫べば「そんなのがよければこつちからも行つてますよと薙刀つかひの爭ひかたはおだやかである、パキリ/\と脛を打つやうであるがなる程平で打つたと思ふこともあるし柄で打つたと思ふこともありまた、折角の突きが少し足らなかつたりすることもあつたが勝はとう/\薙刀つかひに歸した、見物人は二たび喝采した、桂馬の旗は銀將と替へられて三人目に出たのは黒革の胴に堅めた七八寸[#「七八寸」はママ]もあらうと思はれる背丈で肉は落ちて居るが見るから立派な丈夫である、二人までも引受けて疲れに疲れた薙刀つかひはもう彼の敵ではない、面憎きまで悠然と構へた彼は薙刀つかひがあせればあせる程おちつき拂つて受流しては切り込むので、さうでなくとも亂れてゐる薙刀は哀れなさまに切りまくられて忽ちの間に破られてしまつた、薙刀を杖[#「杖」に「ママ」の注記]いて引込む姿を見おくつた時は見物人は男のために拍手するものはなかつた、赤方の香車の旗は桂馬と替へられて出たのは竹刀を持つた若物で、肉付きは充分であるが屈み加減のチヨコチヨコと小股に歩行く男である、長身の男は竹刀を捨てゝ妙な武器を提げた、行司はその武器を一寸手に取つて、
「これは神代鎌と申しましてこれに附いて居るのは鎌でありましてさきから御承知の鎗でございますが、突けば鎗打てば鳶口曳けば鎌といふのですから中々骨が折れます、こんどの勝負は面白いでしやう
と説明していよ/\立合になつた、神代鎌の方は例の悠然としたものであるが、竹刀の方はいかにもコセ/\とこせついて時々こつ/\と神代鎌のさきを叩いて見ては氣味の惡いといふ態度で逃足になつて居たが、「ヤお突きとそつと突いたと思つても決して受け流すことが出來ないので、彼の首はそのたびごとにぐらり/\と横を向く、しかし中々彼は降參しない、「駄目だ/\など、怒鳴りながら竹刀で左右に拂ふのであるが彼の竹刀の動く時は鎌は手元へ引きつけてあるので、何遍でも喉元へ鎌が屆く、さうかと思ふと鎌を頭へ引つかけては引張られるので彼は行くまいと爭ふのである、鎌が頭からはなれたかと思ふと、空明になつた足へつけ込んで引張られるので、ひつくり返り相になつては左の足でひよん/\と跳ねては倒れるのを防ぐ、さうするとまた喉へくるといふので彼は頗る忙しいのでありながら竹刀が一向役に立たない、見物人は土間から棧敷から手を打つてはワッワと笑ふのである、「なんだいべら棒竹刀でやれ竹刀で、丸で相手ぢやねえや、子供を相手にするやうなもんだべら棒と、場中が沸き返るやうに笑つて居る中で一人から怒鳴つたものがあつた、彼は息せき切つて居る、薙刀つかひの娘に助言をしたさつきの男である、一同はまたこれがために笑つた、赤方はまた銀將の旗を立てられた、さうして立ち替つたのは背は低いが胴の太いがつちりとした三十四五の壯者である、行司が「赤方銀將の役神戸なにがしと呼び上げると相手の神代鎌に對する得物は三尺位の樫の棒のさきへ二尺ばかりの麻繩のうらには錘のついたものである、神戸なにがしは、麻繩のさきの錘を目にも留まらぬやうに振り廻しつゝ立向つたが、神代鎌もたやすくは手出しがならぬといふ鹽梅で構へて居る、さうして振り廻しつゝある錘は時々パラッと鎌のさきへ落ちてくる、鎌もその時ご
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