れるものもある、さうしてポカポカ切り込んでも彼はなか/\それを取らない、劍士は迷惑であるが見物人のためには面白いのである、かくして最后の仕合に出たのは興行師の方では神戸なにがしで、とつ手のついた鍋蓋のやうなものを二つ持つて立ち向つた、一つは頭上に翳して一つは胸のあたりに構へた、さうしてぢり/\と敵の方に迫つて行く、相手は勝手が違ふのでうろ/\しながら打ち下した、鍋蓋は受け留るや否や相手の鍔元へ突き入るので、竹刀を構へるいとまもなく逃げ出す、すかさず追つかける、竹刀をかついで逃げまはる、とう/\二つの鍋蓋に押へつけられてしまつた、見物人は一齊ににどよめいた、この仕合がすんで薙刀つかひの女二人の劍舞があつた、劍舞が終ると四人がから手で出だした、長さが六尺ばかりの八角の棒が二本運び出された、眞黒なさうして疣のある太いところは鬼が持つ金棒そつくりである、羽織をつけた男が「これは腰固めに振る棒でありますが、どこへ行つても會員が振りますやうに二十と振るものはないのでありますが、覺[#「覺」に「ママ」の注記]召のあるお方はどうぞ出て腕だめしをなさるやうにと口上を述べると、ならんで立つた二人がぐるつと左の肩からめぐして地上二尺ばかりの所で水平に止め、それから右の肩からめぐして二十ばかり振つてやめた、あとの二人も二十ばかり振つた、「持つてごらんなさい重いものぢやありませんと見物人のそばへ持つてきたが、己が振らうといふものは一人もなかつた、棒振がすむと年寄役の老人と神戸との仕合になつた、老人といふのは七十二であるといふ觸れ込みである、パチヽヽと打ち合ひがはじまると、見物の一人が立つた、二人三人と立つた、場中半ばは立つて木戸へ押しよせる、「小手だ一本の小手はどうしたァなどゝ打ち合つて居るのに見物はもう殆んど惚立である、兩劍士の打ち合ははげしいのであるが、木戸の方でも「ろの八だろの八だ、はの五だはの五だ、との四はどうしたんだいと怒鳴るかと思ふと「駄目ですよそう押したつて、そつから出したつてしやうがねえなと叫ぶ、いつの間にか仕合は濟んで、引廻してあつた幔幕が取り除かれる頃やうやく木戸口はすいて來た、「酷いぢやねえか、この棒がぶち折れつちやつた、この力は五人や十人で押した力ぢやねえと木戸番は見物人が押し破つた所を指して呟いた、忙しくてがつかりしたといふ顏付である、外はどこの家でも寢たらしい、[#地から1字上げ](明治三十六年)
底本:「長塚節全集 第二巻」春陽堂書店
1977(昭和52)年1月31日発行
※冒頭の鍵括弧は、会話を表す他の用例とは意味が異なると考え、底本通り、前を1字あけました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:林 幸雄
校正:今井忠夫
2000年5月10日作成
青空文庫作成ファイル:
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