据ゑるのである、尤もこれは勝負のうちには入らない、さうしてはまた離際に横なぐりに掻つ拂つた、「いやだよ/\、横面はもうまゐりませんぞ、どつこいそんなことではいけませんぞと相手の若者の用心は深くなつた、「無念流だからその積りでなくつちやいけない、どうもこれは取組が丸で違つた、なんと云つてもまだ十八にしかなりませんからなどと行司は獨言を言つて見て居る、行司とは隔つた莚の上に角力ならば年寄といふ格で坐つて居る六尺もあらうかと思ふ長大な老人が微笑を含んで注視して居る、紺づくめの攻撃はちとも衰へない、打ち据ゑ/\突き入るので若物[#「物」に「ママ」の注記]は逃足だつて埒に添ふてぐる/\めぐりはじめた、がつし/\と振冠つては竹刀を打下ろすのであるから見物人の目からも胴のあたりの隙が見られるのであるが、打ち下す力の凄いために隙だらけの胴に切り込むことが出來ないので竹刀の方は防ぎ一方に逃げまはつて居る、見物人は拍手をしなからわつわと笑ひこける、行司はつと立つて竹刀の中へ割込んだが「この勝負は行司預りおきますと引き分けてしまつた、「うまいぞ行司いゝとこだと叫んだのはさつきの男である、次に現はれたのは飛入の方では六十ばかりの老人であるが相手に立つたのは二十八九にもなるかと思はれる女で水髮をしつかと結んだ小麥肌の、女としてはづば拔けて脊の延びたのであつた、「この女でしやう薙刀つかひといふなァ「向ふの爺さん警察の小使ですがね、もとは目録以上の撃劍家なんですが、どうですか年が年ですからと見物人は老人を危ぶんだ、行司は「白濱きく女と薙刀つかひを呼び揚げる、同じく老人の名も呼び揚げるとしづかに立つて相向つた、老人はもう充分に構へた、行司も軍扇を引くばかりにして待つてる、薙刀つかひは稍おくれて薙刀を杖[#「杖」に「ママ」の注記]いたまゝ左の手で胴を一寸搖かして居るといきなりパカ……と薙刀を打つ倒して飛び込みざま腦天をしたゝか打ち据ゑた、「軍配も引かないぢやありませんかといふ女の聲は恨と怒とを含んで居る、この一喝をくらつて更に姿勢をとつた時は薙刀つかひはもう見苦しい不覺をとるものではない、その道具に固めた姿は一見して男子である、老人はどうかと見ると悲しいことに腰が曲つて、さきの足が出過ぎて居る。左から拂つた薙刀は容赦もなく脛を切つた、老人の竹刀は構へたまゝ動かない、「あなたあんまり足を出してるからいけません、さう出して居るといくつでも切られますからと行司の注意で老人は大に足に心をとられたやうであつたがポツンといふ音と共に薙刀は面を打つた、しかしながら竹刀は既に頭上に揚つたので充分の打ではなかつたやうだつたが「充分に行つてるじやないかと薙刀は叫んだ、行司は暫く考へたがさつきから目も放たず見て居た莚の上の老人のもとへきてなにやら話すやうであつたが、兎に角いまのはかすりがあつたからいけないといふことになつた、充分ではないにしても二つまでやられたのだから相手の老人も考へざるを得ない、まだ軍扇を引かない内にしろ薙刀の手元へつけ入つて居る、薙刀が退いてはなれやうとすれば從つてつけ入る、「仕方がないぢやありませんかそれではと薙刀はぢれてきた、「どうもそれでは行司が軍配を引くわけに行きませんな、もつと離れて立ち合つて貰はなくつてはと行司が制すれども老人なか/\きかない、「いゝとも/\ずつと出ろ、なんでもいゝから飛び込んでやるんだと叫んだのは例の肝煎である、やつとのことで軍扇か引かれると老人乘地になつて飛び込んで「お面と皺枯れた聲で怒鳴つた、お面はまさしく打ち込んだのであつたが「こつちからも突きが行つてるじやないかと薙刀はやり返した「あなた薙刀を構へた所へ打ち込むのは危ないですよと行司が制した、老人が足に對する用心はゆるんだので、二たび三たびと脛を拂はれた、さうして遂に薙刀つかひを打ち込むことは出來なかつた、次から次と仕合があつたがはじめのうちは飛入の切先は鋭くても三合四合と打ち合ふともう疲れかゝるので興行仲部[#「部」に「ママ」の注記]の劍士には及ばぬのである、肝煎の男は一人で威張つて居る、「なんだいそんな胴なんぞ、いまちつとしつかとやれしかと、いゝからそこん所打ち込むんだなどゝ頻りに飛入劍士に助勢をするのでこの肝煎のために見物人の興は添へられた、さうして肝煎のはやり方は今にも跳り出して打つてゞもかゝるかと見えるのであるが、さきが劍客だけに滅多なことは出來ないのだから更に可笑しいのである。仕合が大分すんだ頃飛入の行司が現はれた、妙に勿體振つた容態がおかしいのに腰を屈めたり伸したり「ヤ、ム、ヤ、ム、と頻りに力味返つて跳ね廻るので「これぢや行司が水をのまなくつちやつゞくめえと見物人の中から惡口をいふものあつた、「おい行司々々少しわきへよけろ一ッ所に立つてちや見えやしねえと劍突をく
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