叱りつけるやうにいつた。老人は極りわるげに船の底に蹲つた。雲が一方からだん/\に禿げると三角に握つた握飯のやうな金華山が頭から押へつけるやうに聳えて居る。中腹の神社から下には鋏で梢を刈り込んだやうな木立が青い芝の間に鹽梅されて庭園の如く見える。常盤木の繁茂した山上には綿打ち弓から飛ぶ綿のやうな雲がちぎれて居る。船が岸へつくと道者は一同に漸く生き返つたといふ鹽梅で「船ぢや我折《がを》つたやア」といひながらばら/\と勢よく馳けあがつた。青い芝は地にひつゝいた樣になつて居て糸薄の草村が連つて居る。道者は口々に鹿々と呼んだら思はぬ糸薄の中から大きな角が動いて鹿が五六匹あらはれた。土産を出して見せると五六尺の近くまで寄る。こちらから更に近づくとついと逃げる。投げてやればたべる。一行の旅裝が黄色な桐油を掛けたり笠をかぶつたりして居るので氣味が惡いのであらう。鹿が煎餅をたべる所を道者が三四人で手と手をつないで鹿を坂の下へ追ひつめようとしたが鹿は輕く飛び退いてけろつと立つて居る。道者はこんなことをしては騷いで船の中に居た時とは別人のやうである。よく見ると鹿は糸薄の中にそこにもこゝにもけろつとして立つて
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