娘が湯上りの赤い顏をして綻びでも縫つて居ればそれで安心が出來るからである。遁げた若者は欅の蔭にでも隱れて居ては又のこ/\と出て來る。仙右衞門の女房は此晩茶うけの菜漬が甘いといふのでむしや/\噛つて饒舌つたので一番あとではひることになつた。裸になつたまゝがらつと裏戸を開けて風呂場へ駈けて行つた。おゝ寒いといひ乍ら風呂の蓋をとつて手拭持つた手を突込んだ。さうしてアレと驚いた聲で怒鳴つた。風呂の湯がちつともなくなつてるといふ騷ぎである。寒さが急に身にしみて慄へて居る所へ厩の蔭から一人飛び出して土だらけの大根を後から肩へぶつ掛けて遁出した。女房は激怒したはづみに裸のまゝ闇の中を追ひかけた。さうして何かへ蹶いてどうんと酷い勢で轉がつた。忽ち三四人の聲でわあと怒鳴つて遁げてしまつた。さつきおすがの兄貴へ告口をしたのは仙右衞門の女房であるといふことを傭人から聞いたので若い者は風呂の栓を拔いてそれから大根を背負はして、豫め二人で繩を持つて居て追つて來る所をぐつと繩を引つ張つたから足を拯《すく》はれたのである。女房は口惜しくて翌日は起きなかつた。然し此の事があつてから惡戲はすつかり止んだ。それは間へ人が
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