。兼次は竹藪の蔭へ潛ませてお安は用のある振で行つて見たが全く隙がない。兼次は我慢をして居ればよいものを蚊には螫される。足には痺れがきれる。もどかしく成つて遂そこらをうろついた。其姿をちらりと家のものが見た。兼次ならどうも飛んでもねえことだと、熬豆をかじりながら饂飩をすゝつて居た親族のものはさつきの酒がまはつて居るので下駄を穿いて出だすのもあつたBお安が折角やきもきしても此夜は目的を達することが出來ずにしまつた。内儀さんはそれでは自分のうちへ呼んで逢はせるやうにでもしてやらうといつて居ると二三日たつて兼次はおすがの家で捉まつたといふ噂がはやくも聞えた。内儀さんの苦心もなにも滅茶々々に成つてしまつて事件は又もとへもどつて了つた。
「なんちい馬鹿だんべえなあ」
 とお安はいま/\しがる。外の人々は腹が立つといふよりは呆れて物がいへなくなつた。
 其うちに笑止しな出來事が起つた。祇園が過ぎてから十日ばかりたつてからである。或朝親爺は
「兼、今から仕度しろ、われ見てえなものはおらぢへは置けねえからどこへでもうつちやらなくつちやなんねえ、一緒に行け」
 と親爺は兼次を連れて出た。お袋は餘りの突然な
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