まあ、兼ツつあんはこんなに小麥踏ンぢやして怒られべえな」
おいとがこんどは苦情を持ち出す。茶の木に添うては小麥の畑がある。小麥と交ざし作りの豌豆が小麥の莖にからみながら立ちあがつてしほらしい花をびつしりとつけて居る。
「そんなに摘みえゝとこばかし摘んで兼ツつあんはやだよおら、頼まねえよ」
お安がつゞいて苦情を持ち出す。兼次はお安の肩を叩く。
「おゝひでえまあ、おれことぶつ飛ばしたんだよ、誰さんことかはぶたねえんだんべえな」
「さうだんべえなァアハヽヽヽ」
みんなが一度に笑出す。おすが許りは默つて居る。こんなことで兼次は散々に暇どつた。空には雲雀が交るがはる鳴いて居る。おやぢが叱る急げ/\といふやうに喉が裂ける程鳴いて居る。それでも兼次は頓着なしに指の先の青くなるまで茶を摘んで居た。漸く氣がついた時に一散走りに走りつづけて家に歸つた。幾ら駈けても後れた時間の取り返しはつかぬ。兼次の姿が見えると親爺は
「何してけつかつた、ぶつ殺されんな」
と怒鳴つて棒を持つて飛び出した。兼次は青くなつて逃げた。若いだけに足が達者である。親爺が門へ出た時にはもう前の櫟林へ姿は隱れてしまつた。親爺は焙
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