夜遊ばかりしてけつかつて」
「さう「ツアヽ」等怒つからしやうがねえ。ゆんべ褞袍|盜《と》られつちやつたといふんだがな。人のうちへ忍び込んでどうしたのかうしたのつて人聞きもよくねえ噺だからまあ餘り騷がねえ方がえゝんだ。褞袍の一枚位仕方あんめえ。此れまでそんなことあつたんぢやなし、いふこと聽いたらよかんべえ」
「そんぢや任せべえ。兼こと連れて來てくろ」
此れで褞袍の一件は濟んだ。其褞袍は其後盜んだ奴が元の所へ捨てゝ置いたので再び兼次の手にもどつた。兼次はそれを引被つて依然としておすがの許へ通つて居た。
三
暑さが漸く催して此から百姓の書入時といふ茶摘の頃までは何の噂もなかつた。春も八十八夜となつて草木のやはらかな緑が四方を飾るやうになるとみじめな姿で顧みられなかつた畑のへりの茶の木のめぐりも赤い襷の女共が笑ひ興じて俄かに賑かになる。さあ焙爐《ほいろ》の糊をかくのだといふうちに茶の葉が延び過ぎるといふ騷ぎである。兼次の家でも茶の葉が強くなつて、もう一日捨てゝおいたらとてもよりつからぬといふので隣近所と「イヒドリ」をして兎にも角にも一日に摘みあげる手筈をした。親爺は朝
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