ひでもした樣子はあんめえかねえ」
「なあに眞ツ膨れに肥えて來たからなんにも苦勞することはねえよ」
「おらあまあ獨りで心配なんだよ。眠つても眠れねえことがとろつ日《び》だよ」
「困つたもんだよ本當に」
四つ又は火鉢の前へもどる。さうして
「ツアヽ」
と一聲大きくいつて
「おれも三春へ行つて見てえ積だが、こんだ行く時にや一緒にすべえぢやねえか。豚も醤油粕が高くつて困つてる所へ四掛や五掛の相場ぢや割に合はねえからな」
かういふと卵屋はむつくり起き上つた。
「本當に行くんぢやあんめえ」
「本當だともよ、駒なら草だの藁だのばかし喰はせてみつしら使つて二三年もたてばたえしたもんだな」
「四つ又でも三春へ行つちや目うつりして買ひめえと思ふんだ」
「戲談いつてらそんなことにやおくせは取らねえんだぞおらなんざあ」
「あぶねえな、豚の手にやいかねえから見ろよ」
噺はいつか賑かになつてさつきの不機嫌もどこかへ行つてしまつた。
「それぢやどうしても兼こたあうつちやんだな。おら今夜はどうでもかうでもうんと云はせべえと思つたんだが當《あて》が外れた。雪で歩けなくなつちやつまんねえからおら歸るぞ、そんぢや、兼次はうつちやるんだな」
「兼が一人で歸るならおら今が今でもゝどすよ」
「うんさうかわかつた」
こんなことで此場は濁したが四つ又もおすがの身の振方には困つた。博勞の伊作とも相談をする。兎に角急場凌ぎの策をとらなくては成らぬことに差迫つた。其頃仙右衞門とは道一重向隣の綽名を松山といはれて居た家があつた。何か事情があつて家族を連れて他へ移住をすることに成つて家から持地からおすがの兄貴に賣つて立ち退いた。その空家で産をさせるのが妙案だといふので兄貴へ渡りをつける。ところがなか/\承知しない。ごつたすつたやつてたうとうそれぢや自分等へ少しのうち其家を貸してくれろといふのでやつとのこと納得をさせておすがを松山の家へ入れた。仙右衞門も近所の義理で澁々おすがを厄介して居たのだから重荷を卸したやうな心持がした。四つ又もあとはどうでも先づ目先の才覺が首尾よく運んだのでほつと息をついた。
七
おすがは女の子を産んだ。他には介抱の仕手もないので、お袋が公然朝から晩までつめ切つて世話をする。嫂も行つて粥でも煮てやるといふわけで、有繋に兄貴も見て居られぬといふことになつた。四つ又の策略は
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